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2007年10月28日 (日)

武庫川コスモス

Dsc_0247 武庫川のコスモス。夕暮れの佇まいもまた素敵です。 Dsc_0288 Dsc_0237 Dsc_0296 Dsc_0229

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氷ノ山

Dsc_0114 兵庫県下で今の時期、唯一紅葉が見頃と紅葉マークが5つ星となっているところがありました。それが『氷ノ山』。

西宮→宝塚IC(中国自動車道)→福知山IC(舞鶴自動車道)→9号線→関宮→87号線→ハチ高原→別宮(大カツラ、棚田)→87号線→9号線→東堀→175号線→176号線→宝塚→西宮(本日の走行距離333km)

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氷ノ山。最初この名前を読むことが出来ませんでした。「こおりのやま・・・」 これはないですね。う~んと考えること3秒。大山(「だいせん」、これも最初「おおやま」と読みました)があるのですからということで「ひょうのせん」ピンポーン♪ でも「こおりのやま」もまた味わいがあり捨て難い。山が凍るほど寒いところなんですね。

高速も舞鶴若狭道に入ると車の数もグッと減ってきます。遅い車の後について時速80kmをキープし、周りの景色を堪能しながらゆっくりと走ります。DSCの最も快適な速度がこの80kmです。100kmを越えてくるとあの殿様座りのポジションはまともに風を受けることとなります。それをもう少し越えると今度は首の筋肉に負担が増してきます。

それにしても寒くなってきました。ジーパンの下には足首まであるタイツを穿いてきました。上着は革のジャケットにインナーをつけています。これでもちょっと寒く感じます。途中のPAで手袋をメッシュから革の冬用仕様にチェンジします。これで完璧です。Dsc_0048 Dsc_0027 Dsc_0078Dsc_0056_2 Dsc_0123 Dsc_0099 Dsc_0134 Dsc_0107 

                     

                      

9号線は思った以上に距離がありました。途中遅い車を信号待ちの度に一番前まで出てはブッチギリスタートを繰り返し、ようやく鉢伏高原に辿り着きます。左手前方に目的の山『氷ノ山』が燃えるような紅葉を見せてくれる筈です。の筈でしたが、所々山は色付いてはいるのですが絵の具をケチったような彩色しか見せてくれません。あの★★★★★はなんだったのでしょうか。。。

遠くに見える氷ノ山は少し寂しい姿でしたが、久しぶりに来た鉢伏を冬場であったら雪の為に決して走ることが出来ないであろう道をバイクでゆっくりと走ります。道の両側にある樹々たちが目一杯の歓迎をしてくれるようにそのからだを赤や黄色に染めてくれています。やがて空を360度見渡せる広い高原に辿り着きます。青い空と澄み切った空気。とても気持ちがいいです。この一瞬の素敵に出逢うためにバイクに乗っているようなものです。

時計回りに高原を廻ると別宮の大カツラと棚田に行き着くはずです。距離感を方向感を失いかけた時、ビンゴ♪と棚田が目に飛び込んできます。そして左手には大カツラがドーンと立っています。その根元まで近付いていくともの凄い数の根っこが一つの塊りのようになってこの大木を支えていることが分かります。Dsc_0167 Dsc_0165 Dsc_0145 Dsc_0181

                    

                    

Dsc_0199 紅葉は見ることが出来ませんでしたが、素敵な時間を過ごすことができました。 そして帰り道にススキの穂波がキラキラと輝いているのを見つけました。一度は通り過ぎてしまいましたが、バイクをUターンさせて川にかかる小さな橋の上から暫く風に揺れる目の前の素敵な一枚の画を見ていました。

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2007年10月27日 (土)

弓弦羽神社&香雪美術館

P1000495 弓弦羽神社のHPはこちらから⇒ http://www.jin.ne.jp/yuzuruha/

香雪美術館のHPはこちらから⇒ http://www.h3.dion.ne.jp/~kousetu/

相楽園を後に帰路につきます。2号線や43号線では味気ないので山手幹線をセレクトします。カブで走っていると色々なものが目に入ってきます。カブのスピードが成せる業です。僕の琴線に触れたのが『香雪美術館』の看板でした。とても素敵な名前です。看板を目指して左折していくと、弓弦羽神社が目の前にあります。参道をカブでゆっくりと進んでいきます。社では三代の家族が孫の為に祈祷を受けていました。

境内を出て細くて素敵な道を入っていくと香雪美術館に着きます。美術館と神社の間の道がこれまた感じのいい道です。『りぼんの道』と言われていることを後でHPで知りました。P1000478 P1000473 P1000496 P1000485 P1000508 P1000502

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相楽園

P1000467 相楽園HPはこちらから

http://www.sorakuen.com/

折角神戸まで来たので空模様が少し気になりますが相楽園へ行くことにします。地図は持って来ていませんが兵庫県庁の北に位置していたことを記憶しています。県庁目指していけば大丈夫です。。。のはずが県庁が分かりません。大分行き過ぎてしまったようです。兵庫警察署?だったと思いますが飛び込んで県庁の場所を教えてもらいます。

やっとのことで辿り着きました。10月20日(土)から11月23日(金)まで相楽園では『神戸菊花展』を開催しています。11月3日(土)、4日(日)は夜間ライトアップも行われます。入場料300円ですが、僕にはあの無敵のトリコロールカードがあります。園内ではテントが張られ机と椅子が出され、お寿司などが売られていました。地元のお母さんたちでしょうか。手作り感いっぱいです。

菊の大輪が目白押しです。丹精込めて作られているのが分かります。愛情をたくさん受けた花はいい姿をしています。P1000401 P1000387 P1000415 P1000391 P1000407 P1000429 P1000437 P1000445 P1000450 P1000425

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インカ・マヤ・アステカ展

謎と神秘のベールに包まれた偉大なる文明の片鱗に触れる機会を神戸市立博物館が用意してくれました。10月3日からクリスマスイブの12月24日まで『特別展 失われた文明 インカ・マヤ・アステカ展』を開催中です。

 中南米にはかつて、様々な気候風土を利用しながら、高度な建築技術や天文学、自然の神々への信仰や儀礼、国の統治といった、豊かな文明が各地で繁栄していました。
 

ペルーを中心に広大な領土を持ち、天空都市マチュピチュをはじめとする謎の繁栄を遂げた文明“インカ”

中央アメリカのユカタン半島を中心に2,000年にもわたり繁栄した密林の文明“マヤ”

そして、14世紀からメキシコ中央部の湖上に20万人を超える巨大都市を築いた文明“アステカ”(神戸市立博物館HPより)P1000371 P1000368

                       

                      

神戸市立博物館HPはこちらからhttp://www.city.kobe.jp/cityoffice/57/museum/main.html

スペイン人の侵略によりその多くの財宝は略奪されてしまいました。でも遺跡たちは今もその文化の偉大さを伝えてくれます。

戦士たちは手に手に棍棒を持ち、殴り合いにより闘いました。戦争は領土の略奪を目的とするためでなく、神に崇める生贄を確保するためのものでありました。時に数千人もの捕虜たちが神への生贄にその心臓を抉られました。

太陽は神たちにより創られ、人々の強い信仰によりその輝きを維持していると信じられました。また今の時代のように生きることと死ぬこととは大きな違いを持っていませんでした。人々は死んでミイラとなった家族と一緒に生活をしていました。時に食事を与え、時に服を着せ替えていました。

平安時代の、またそれよりずっと前に中南米ではそんな文化が大陸を支配していたのです。北極に近いところで今のアジアとアメリカ大陸は陸続きでありました。モンゴロイドという日本人の遠い祖先とこの南米の文化を支えた祖先とは同じ系列にあるとの説明がありました。

【お得情報】入場料1,300円がJAFカードを提示すると1,000円となります。

めちゃ混みでなかったのがまた良かったです。人気展は時に人混みで展示物がゆっくりと見られないことがあります。でも終了間際にはまた混むと思います。美術館、博物館、早廻り選手権第一位の僕ですが、今日は気付くと2時間も博物館に居りました。昔の人たちとお話をしているようであっという間に時間が経っていました。

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2007年10月23日 (火)

関西文化の日

Poster_07103_2  関西2府7県(福井・三重・滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山・徳島)の美術館や博物館などの入場料が無料になります♪

11月の一定期間、318以上の施設が入り放題です。(注:企画展、特別展は別途料金が居る場合があります)

特に17日(土)と18日(日)に無料デイを実施している施設が多いので『ご利用は計画的に』

このパンフレットはJRでゲットしました。HPで確認も出来るようですが、どうも使い勝手が良くありません。また知りたい情報を入手するにも不便です。利用する場合にはぜひパンフレットを入手しましょう。

http://www.kansaibunka.com/index.php

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十三夜月

Untitled1_2 旧暦の9月13日、十三夜月の夜です。

月の歌と云うと、ユーミンの『次の夜から 欠ける満月より 14番目の月が一番好き』 とか、ドリカムの『下弦の月 目の高さで光るオリオン座』とかが思い浮かばれます。

そして亡き親父の声がオープンリールのテープレコーダーに残っています。

『啼(泣)いてくれるなホロホロ鳥よ 月の遺影をひとり行く』

カランコロンと下駄を鳴らし夜風に吹かれて歩く自分を未来の自分が見ています。

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2007年10月21日 (日)

武庫川河川敷

Dsc_0550 河川敷をキャンパスとするとそこに絵を描くのはコスモスたちです。でもいまはまだ緑色だけのキャンパスです。

レッドバロンにバイクを見に行きました(でも購入予定はなしです・・・)。その帰りの寄り道です。ポツンポツンと赤、白、ピンクのコスモスが咲いています。まだまだ見頃は先のようです。チンチロリン、チンチロリン。急にやってきた秋に虫たちも戸惑いながら一生懸命鳴いていました。Dsc_0516 Dsc_0508 Dsc_0555 Dsc_0566 Dsc_0546 Dsc_0539

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荒牧バラ公園

Dsc_0357_2  昨日のコスモスの不完全燃焼が今日の僕を荒牧バラ公園へ向かわせます。5月と10月の年に2回、バラたちがその美しさを競います。

バラ公園前のいつもの駐輪場にカブを止め、カメラをバックから取り出します。花の出来具合が気になって少し早足になります。

園内をバラが埋め尽くしています。と言いたいのですが半分ほどが咲いている状態でしょうか。程よい広さの公園を一周し終えた後、バラの世話をされている係りの方にお聞きしました。『9月の初めに一番花が咲いたのですがそれはどれも綺麗な花ではありませんでした。夏の暑さにやられたのでしょう。でも今咲き出している二番花は濃い花をつけていて花芽もたくさんあるからきっと10月の下旬には素敵な花を見ることが出来ると思います。』と教えて頂きました。10月下旬には園はバラの海となりその中を泳ぐこととなりそうです。Dsc_0341_2 Dsc_0219_2 Dsc_0240 Dsc_0497 Dsc_0507 Dsc_0216 Dsc_0204 Dsc_0236 Dsc_0277 Dsc_0237 Dsc_0261 Dsc_0299 Dsc_0323 Dsc_0388

 

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2007年10月20日 (土)

コスモスの丘

Dsc_0038 紅葉が近畿地方でも標高の高い大台ケ原や高野山スカイラインなどでそろそろ始まったらしい。でも今日は行きたい気持ちをグッと抑え、コスモスの花を見に行くことにしました。武庫川の河川敷のコスモスはまだ葉だけで遠くから見ると緑の絨毯のようです。でも神戸総合運動公園のコスモスはこの週末に見頃を迎えるとの情報をゲットし西宮から神戸、須磨を経由、明石大橋の麓から北上する下道ルートをDSCを走らせます。

今日は出掛けにハプニング。いつもならチョークを引いて一発で始動するエンジンが中々掛かりません。やっとのことでスタートしますが、信号待ちで止まるとまたもやエンジンストップ。そしてまたセルを回すもプルルンプルルンと悲しく空回り。これはYSPにお世話になるしかないなと一旦家に戻りフル装備したカメラバックを家に置き、バイクショップに向かうべくルートを変更します。でもそれからエンジンの調子が復活します。あれれっ? どうもエンジンが十分に暖まっていなかったことが原因のようです。そんなに寒くなかったのでそれが原因とは思いませんでした。またまた家に戻りカメラバックを再装填します。スタートからこれですと後が思いやられますが、ここですべてを止めてしまうのも悔しいので初志貫徹、神戸に向けて出発しました。

明石大橋の麓から神戸総合運動場の標識を頼りに北上するとやがてスカイマークスタジアムが見えてきます。そのすぐ横には地下鉄の運動公園駅があります。隣接してローソンがありその裏手に駐輪場があります。入口が少し分かり難いのですが、『P3』駐車場を目印にしていけばOKです。

地下鉄駅には『コスモスの丘で鹿の目撃情報があります。鹿に遭遇しても近寄らないで下さい』との注意書きがあります。出来たら鹿に遭遇してみたいものです。途中、管理センター案内所に立ち寄り、ローソンで仕入れたおにぎりにて昼食です。そこで『こぶしの実。ご自由にお持ち帰り下さい』とビニール袋一杯のどんぐりに似た実がありました。生薬のひとつで、頭痛や鼻づまりなどに効くそうです。Dsc_0005 Dsc_0002 Dsc_0080 Dsc_0054 Dsc_0058 Dsc_0071 Dsc_0103 Dsc_0123

                  

                  

             

ユニバー記念競技場へ上る道でなく、橋を渡ったら『ふじだな広場』にゆっくりと下りて行く道を選びます。そうするとコスモスの丘のふもとに辿り着きます。ここから見上げるコスモス一面の景色が素晴らしい・・・はずなのですが。 あれれっ? 管理センターで貰った10月12日発行の公園だよりにもコスモス見頃、10月末まで楽しめます♪とあったのに今年のコスモス畑は例年のそれとは何かが違うようです。コスモス畑を一周してなんとなくその理由が分かりました。多くのコスモスが倒れたり折れたりしています。だから花が丘の斜面を埋め尽くすような景観を作れないようです。また花も疎らで、もう枯れているのもあります。手入れが行き届いていないことは無いと思うのですが、少し荒んだ感じで悲しくなります。今日のコスモスの丘の得点は45点です

いつもなら3枚のメモリーカードでも足りないと思う位ですが、今日は一枚のカードを半分も使用せずに早々に家路に着く事になりました。帰りは須磨の若宮ICから阪神高速に乗り西宮ICまで走行車線をゆっくりと走って帰ってきました。Dsc_0143 Dsc_0141 Dsc_0119 Dsc_0149 Dsc_0093 Dsc_0048 Dsc_0176 Dsc_0159

                      

                     

こうなると万博公園のコスモスの方が良かったかな?等と色々と思ったりしてしまいますが、これもまた行ってみなかったら分からなかったこと。仕方無しとサクッと諦めます。武庫川河川敷が赤やオレンジの色で埋め尽くされる頃、今度はカブでリベンジです。

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2007年10月14日 (日)

アート・ランドマーク・ステージ

アートインコンテナ展を見始めるとどこからか賑やかな音楽と歌声が聴こえてきます。コンテナはどこかに行ってしまうことはないので、音に素直に引寄せられることにしました。会場の一角に大舞台が作られ、そこで『アート・ランドマーク・ステージ』と銘打ち、アフリカンミュージックの演奏とダンスが行われていました。

管楽器などなく太鼓を叩くだけのシンプルな演奏ですが、アフリカの大地の魂を伝えてくれるようでした。そこにダンサーと呼ばれる素敵な女性たちが激しい踊りを見せてくれます。演奏する人も踊る人もみんな自然体でリラックスしていました。アフリカのリズムが大好きな人達です。そんな想いがこちらにも伝わってきました。

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アート イン コンテナ展

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『神戸ビエンナーレ2007』  この聞き慣れないビエンナーレとはイタリア語で「2年に一度」という意味だそうです。都市名&ビエンナーレで世界各国で国際美術展が開催され美術交流、国際交流、街の活性化を目的としているとのことです。メリケンパークで『出合い~人・まち・芸術』をテーマに10月6日(土)から11月25日(日)まで開催されています。(入場料1,200円)

http://www.kobe-biennale.jp/html/biennale.html  ←神戸ビエンナーレHPはこちら

ビエンナーレのイベントの一つがこの『アートインコンテナ展』です。あのコンテナの中をアーティストが其々の個性を競い合います。なんじゃこれ?というものから、おぉ~すごいじゃんというものまで全部で69個のコンテナがメリケン波止場を埋め尽くしています。コンテナの中にはいけばな展の作品を展示しているものもありますが、そちらもアートチックです。

調整中の看板が掲げてあるコンテナもあり、すべてを見ることは出来ませんでしたが、楽しくコンテナ廻りをさせて貰いました。結構、スリッパに履き替える必要があるコンテナも多く、脱ぎやすい靴を履いていったほうが良いでしょう。また中が真っ暗であったり暗かったりするコンテナではハイヒールでは危ないので運動靴がベストの選択だと思います。

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2007年10月13日 (土)

友ヶ島 

Dsc_0284 大阪湾の入口、淡路島と紀伊半島の間に紀淡海峡があり、そこに友ヶ島があります。沖ノ島、地ノ島、虎島、神島の4つの島の総称です。和歌山の加太港から船で20分程(往復2,000円)で行くことができます。以前から行ってみたかったのですが、この船が赤字から運行停止に追い込まれた時期(2006年12月)があり、再開未定とのことで半分諦めていました。でも久しぶりに『友ヶ島』をwebでチェックし再開していることを知りました。

西宮→43号→津守→29号→臨海線→樽井→26号→深日→65号→加太→航路→友ヶ島(沖ノ島)→航路→加太→往路逆順

沖ノ島内 ~ 野奈浦桟橋→(左回り)→海の家→池尻浜→蛇ヶ池→観光旅館富士屋別館→第2砲台跡→友ヶ島灯台→第1砲台跡→ 池尻広場→孝助松の海岸→小展望台→タカノス山展望台→第3砲台跡→野奈浦桟橋

友ヶ島は明治時代から第二次世界大戦まで軍事要塞として大阪湾を守るための砲台が備え付けられていました。史跡というよりも廃墟に近い感じの要塞を一度訪れてみたいと思いました。

友ヶ島自然公園事務所&友ヶ島汽船加太営業所のHPはこちらから

http://www.kada.jp/kankou/tomotoi.html

この時期の土日、加太と友ヶ島を結ぶ船は5便しかありません。西宮から下道で加太まで2時間15分程掛かりました。加太では乗船場は見えるのですがどこからバイクを乗り入れていいのか分からず、行ったり来たりしてしまいました。やっとのことでバイクを乗船場入口に止め往復の切符を購入します。2,000円ナリ。ちょっと高いですがもう行くことが出来ないと思っていた友ヶ島です。奮発します。おばちゃんが僕に近付いてきて『あのバイク、あんたの?』と聞かれるので『はいっ?』と答えると駐車代金200円を徴収です。Dsc_0012 Dsc_0001 Dsc_0038 Dsc_0025 Dsc_0058 Dsc_0034 Dsc_0078_2 Dsc_0060

                      

                      

船は19トン。旅客120人乗りの高速船です。海風が当らない室内に58名、暴露部に62名の構成です。行きは最後尾の立席にいました。小ぶりの船が結構な速さで走るため、船首で飛沫が大量に作られ、暴露部に居る人達は海のシャワーを浴びているような感じとなります。結構激しい揺れですがこのシャワーのお陰?で酔う暇もありません。20分余りの時間はあっという間に過ぎてしまいます。この時期、お客さんは殆ど居ないのでは?と思っていましたが、団体さんもいたりして船は結構な混み具合となっていました。ご年配の方が多く、そこに家族連れやカップルが交じるような構成です。僕のように一人出来ている人は・・・いません。

沖ノ島の野奈浦桟橋に着くと桟橋で釣りを楽しんでいる人の間を通って島へ上陸します。乗船券売り場でゲットしたパンフレットにハイキングのモデルコースが記載されています。沖ノ島の西を周る『灯台・展望台コース<3.7km>』と東を周る『深蛇池・虎島コース<6.2km>』のふたつです。全部で5つある砲台跡のうちもっとも大規模で当時の様子を残している『第3砲台跡』は前者のコースにあることからまずはそちらを行くことにします。桟橋を右手に折れ、島を左回りに進んでいきます。その後で、時間と体力があれば後者のコースも行きたいと思っていましたが、予想通り(?)時間と体力が無くなりそちらは諦めることとなりました。

結構な人数の人達が上陸したのですが桟橋付近の風景や看板を撮っていて、さぁいざ行かんと歩を進める時には周りには人影がポツンポツンとあるだけです。あれれっ?みんなどこに行ってしまったのかな?と狐につままれたようです。どうせひとりなので気持ちを切替え歩き出しますが、今度は前方に若いアベックが手に手を取って楽しそうに歩いています。距離が詰まると僕が写真を撮ってまた離れ、また詰まると・・・と繰り返しているとアベックは何か変なおっちゃんが後をついて来るように思えたのでしょう。フェイント攻撃をかけてこられ僕がいつの間にか前を歩くようになっていました。参りました。。

赤レンガの色もそのままの第2砲台跡。海に隣接しここから欧米諸国の船に砲弾を浴びせていたことを想像します。今では崩落激しく中に入ることはもちろん、近付くことも出来ません。空と海の青さに芝の緑が素敵です。Dsc_0092 Dsc_0086 Dsc_0104 Dsc_0099 Dsc_0110 Dsc_0105 Dsc_0122 Dsc_0119

                   

                      

日本で第8番目に出来た洋風建築の灯台近くには第1砲台跡があります。そこにあった兵隊が走り回っていたであろう堀を巡らせた半地下通路を歩くと複雑な思いに駆られます。通路の突き当たりはゲル(騎馬民族のテント)のような形状で目の高さが開けられた攻撃の基地となっています。Dsc_0149 Dsc_0131 Dsc_0141 Dsc_0132 Dsc_0152 Dsc_0147 Dsc_0162 Dsc_0168 Dsc_0166 Dsc_0156 Dsc_0177 Dsc_0167 Dsc_0202 Dsc_0182

                    

                      

孝助松の海岸から展望台まで高度を一気に上げていきます。でもゆっくりゆっくりですからそんなにきつくはありません。展望台には一等三角点があります。東経135度。そうです。子午線です。相変わらず回りには人がいません。紀淡海峡を独り占めです。眼下には灯台が見えています。随分と上ってきた事に驚かされます。

展望台の下に『第3砲台跡』が延びています。草が伸び放題の階段を下りていくと砲座がふたつ並んでいます。今では丸い水溜まりと化しトンボがしきりにお尻を水面に叩きつけていました。一区画に2つの砲座があり、その区画が4つあります。延びていると表現したのはその区画がトンネルで結ばれているからです。そしてトンネルの中はさらに地下へ行く階段があります。灯り一つ無いトンネルの中は真っ暗です。目を凝らしても目が慣れても真っ暗で何も見ることはできません。でもその為にJCBのポイント貰ったペンタイプの懐中電灯を持ってきています。準備万端。でもさすがにおっかないです。ペンで照らされた処だけが浮び上がります。でもそこに浮かんだ階段はその形を留めていません。もし灯りがなかったら下まで落っこちてしまうこと請け合いです。階段を下り切り少し行くと横に扉のない入口があり中に大きな空間が広がっています。きっと弾薬庫かなにかの場所だったのだと思います。ガランとした空間。しかもそこもまた真っ暗です。奥まで足を運ぶことは何か躊躇われたので止めておきます。いつもはフラッシュ禁止モードにしておく僕ですが、フラッシュを焚いてカメラにその映像を記録します。こわ~いよ~。キャ~。Dsc_0227 Dsc_0222 Dsc_0245 Dsc_0234 Dsc_0260 Dsc_0259 Dsc_0272 Dsc_0265 Dsc_0319 Dsc_0289

                     

                 

                     

                      

                        

この第3砲台跡はもっとも整備されていると思っていましたが、トンネルをくぐってその区画を進んでいくに従い、草の生い茂り方が尋常では無くなってきます。最後の区画などはもう人が足を踏み入れていない度100%です。前人未到の地をいく僕です。でも草だけでなく、行く手を阻むものがいます。蜂です。耳にあの威嚇の羽音が響きます。これ以上は近付くな、の警告の合図です。捲り上げていた長袖のシャツを伸ばして、襟を立てて万一の時に備えます。僕は何をやっているんだ?と疑問になんか思っている暇もありません。暗闇と静寂の恐怖に加え、蜂までが加わってきているのです。行き止まりになった第4区画から元来た道をそのまま引き返すことに不安を感じ、どこにでるかも分からない先の見えない階段を駆け上がります。そして今度は崖を木を伝いながら降りていきます。そこでようやく現実の世界に戻ることが出来たような感じがしました。あぶなかった。。

下界へ戻ったと思いきやすぐにまた弾薬庫の跡地に遭遇します。ここが友ヶ島を代表するスポットです。ピーク時にはどれ位の兵隊がここに駐留していたのでしょうか。戦争の足音はもう聞きたくありません。弾薬庫のすぐ傍に将校用の宿舎がありました。もう外壁も崩れ中もボロボロとなっていますが、ここに畳があったんだな、ふすまがあったんだな、という間取りは分かります。『ここでキャンプをしないで下さい』と注意書きがありましたが、僕は頼まれてもキャンプをここではしたくありません。Dsc_0318 Dsc_0307 Dsc_0335 Dsc_0328 Dsc_0351 Dsc_0348

                    

                    

時計をみると13時です。30分後に出向する船があります。それを逃すと次は15時半発と2時間待たねばなりません。ここに来る前はこの第3砲台跡でゆっくりすることも考えていたのですがなぜかそうすることを拒む自分が居ました。ここは自分の気持ちに素直に従うことにします。すると一匹の蝶が僕の前で舞い花に止まりました。時間が気になりましたが、僕も蝶と一緒に花の横にしゃがみ込み蝶にピントを合わせていました。Dsc_0370 Dsc_0354 Dsc_0416 Dsc_0406

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2007年10月11日 (木)

一澤帆布

Dsc_0002 京都は知恩院の前に帆布(はんぷ)屋さんが2軒。

帆布とは、綿、または麻織物の一つで、綿帆布は、綿糸を使った厚地の平織物のことです。防水、防災などの加工をして、船の帆や天幕・シート・鞄・ズック靴・濾過布などに用いられます。(一澤帆布HPより)

兄弟が仲違えをしてさらに有名になってしまいました。

一澤帆布はこちらから

http://www.ichizawa-hanpu.co.jp/

一澤信三郎帆布はこちらから

http://www.ichizawashinzaburohanpu.co.jp/cgi-bin/index.cgi

その質実剛健たる帆布を4個、大人買い♪

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といってもペットボトルについていた『おまけ』です。

生茶オリジナル 生茶帆布(パンダ)帆布グッズコレクションより

全12種類あるそうです。

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2007年10月 7日 (日)

最新カラオケ事情

P1000226 歌うことは大好きですが、夜のお付き合いが出来なくなってからカラオケ屋さんからは随分と遠ざかっていました。久しぶりにカラオケに行って驚いたこと、一つはびっくりする位安い、そして局選びの操作盤がとってもビジュアルになっていたことでした。

料金はフリータイムを選択すれば11時から20時までの9時間が1400円(非会員)でHPから印刷したクーポンを渡せばさらに5%引きになります。1時間当りの単価は150円を切る値段です(注:9時間まるまる滞在した場合、tetsuには不可能なことです。体力、気力が続きません・・・)。しかも、これはドリンクバー(アイス・ホット飲み放題)付きのお値段です。

また曲を網羅した分厚い本は片隅に追いやられ、いまでは鉄人28号のリモコンを凌駕するような機能を持った操作盤がデデデデデ~ンとガラスのテーブルの上に鎮座しています。なんかもうよく分からないので本を引っ張り出し、操作盤からリモコンモードを選択し入力していました。こんな人はきっと少ないのでしょう。

なごり雪、イチゴ白書をもう一度、異邦人、壊れかけのラジオ、スコール・・・ 昔の歌はいいな~。大好きなドリカムの歌はどれも難しい。最新曲『大阪ラバー』にチャレンジするも撃沈。。。P1000245 P1000223

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2007年10月 6日 (土)

醤油発祥の地

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『タイムスリップの町 湯浅』 (JRのパンフレットより)

醤油発祥の地としてあることは知っていましたが、ゆっくりとその町を楽しむ機会がありませんでした。ソースよりも醤油、マヨネーズよりも醤油の醤油大好き人間の僕としては一度寄らねばならない場所です。

湯浅は醤油だけでなく、金山寺味噌もその名を全国区としていますし、また熊野古道が唯一市街地を通る町並みであることも町の人たちが誇りに思っていることです。

【往路】 西宮→弁天町→津守→堺→29号(大阪臨海線)→泉佐野→関西空港自動車道→阪和自動車道→紀ノ川SA→海南IC→42号線→下津→有田→湯浅

【復路】 湯浅→42号線→海南IC→紀ノ川SA→阪和自動車道→阪神高速→鳴尾浜IC→西宮

今日はDSCと一緒に走ることを楽しみたい、そして、素敵な処でゆっくりしたい、と思いツーリングマップルとにらめっこをしてここ湯浅をその目的地とすることにしました。湯浅の町に入ってJR湯浅駅を目指しますが、少し分かり難く町の方に教えてもらい無事に着くことが出来ました。駅での目的は湯浅の町並みマップのゲットです。駅員さんにお頼みするとマップと○特クーポン券を頂きました(本当はこのクーポン券、JRを利用したお客さまだけみたいです。すみません・・・)。駅で写真を撮っているとサイクリングを楽しまれている小学生の男の子とお父さんの親子にシャッターを押すように頼まれます。でもそれはビデオカメラの写真モードでした。久しぶりに触るビデオに懐かしく思いながら引きとアップの2種類を撮影しました。橋本から車で来て、町を自転車で散策するのだそうです。親子で素敵な休日を過ごされています。お気をつけて、と無事を祈ります。

そして『立石道標』を目指します。熊野古道。なんて素敵な名前なんでしょうか。熊は神を表します。神の道、神への道です。それが現代の生活の場である町の中を通っています。一方通行ですが2輪は除くとある道を感謝しながら逆走します。すぐに立石は見つかりました。天保9(1838)年に建立され、紀三井寺、熊野、伊勢、高野への参詣道を標示しています。立石の写真を撮っていると向かいの花屋のご主人が「撮りましょうか?」と声を掛けてくださいます。僕自身は自分の写っている写真に興味がないのでいつもは断ってしまうのですが、ご主人の好意を無にすることが出来ずお願いしました。ぎこちない笑い顔の僕が写真の中にいました。奥様もニコニコして見てくれていました。本当に狭い道でバイクでも置いておくと車が通りにくくなるような場所です。花屋さんにお礼を言い熊野古道から和歌山県初の『重要伝統的建物群保存地区』に向かいます。

『町内を散策される方 ご自由にご利用下さい』と説明書きのある駐車場の看板を見つけます。こういうサービスはとても嬉しいです。夏のメッシュジャケットから革ジャンへと衣替えした僕でしたが、革ジャンを脱ぐと気持ちいい風が身体を通り抜けていきます。

ふれあいギャラリー→角長→醤油資料館→甚風呂→大仙堀→麹資料館

角長の前を伸びる『北町筋』は歩いていると味噌の匂いがしてきます。味噌汁の匂いにほっとする日本人ならではの反応なのでしょうか、気持ちが優しく落ち着いてくるような気がしました。山田川を左手に、大仙堀を右手に見ながら角長を今度は反対から見ます。廻船が江戸時代にはここを行き来していた訳です。しばしそんな思いで魚たちが泳ぐ堀を見ていました。P1000044 P1000040 P1000050 P1000047 P1000074 P1000052 P1000104 P1000076

                    

                    

                       

かじや筋に折れていくと『麹資料館』があります。最初は『麺資料館』と読み違えて???になっていた僕ですが、ここでこの資料館の館主である津浦さんから町のこと、麹のこと、祭りのことなどをたくさん教えて頂きました。津浦さんは55歳までサラリーマンをされていましたが、ご家庭の事情で湯浅に戻ってこられました。そして手作りの行灯を手掛けてから評判が評判を呼び、大仙掘界隈を復元したジオラマでは4大新聞を飾るまでになりました。ジオラマの作られるご苦労や楽しかったことを活き活きと話して下さいました。今でもこのジオラマ、発展途上のようです。昼の光景だけでなく、電気を消して発光ダイオードをジオラマ建物の中に入れ夜の光景も見せてくれました。

また日本の誇るバイオ技術、麹。顕微鏡も無かった時代に微生物の仲から分離培養してきている訳です。もともと津浦さんのお宅はこの麹を作っていました。津浦さんがサラリーマンを辞められたとき、麹を作る工程で使用する道具などは捨てられ燃やされていました。残った僅かな道具たちを復元し資料館として再スタートさせるまでは大分ご苦労があったと思います。

湯浅では今月27日、28日と『第一回 全国醤油サミット』が開催される予定です。その実行委員の方が津浦さんを訪ねて来られたので帰ろうとしたところ、その方から今度の祭りの行列の巻物が出来たとのことで見せて頂きます。力作です。行列の前方には虚無僧が10人ばかり笛を吹いています。大八車も数台が醤油樽を乗せて続きます。これから本番に向かって練習が続くのでしょう。ぜひ、初めてのサミット、成功させて頂きたいと思います。P1000191 P1000120 P1000187 P1000183 P1000138 P1000167 P1000201 P1000157 P1000207 P1000204

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