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2007年10月 6日 (土)

醤油発祥の地

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『タイムスリップの町 湯浅』 (JRのパンフレットより)

醤油発祥の地としてあることは知っていましたが、ゆっくりとその町を楽しむ機会がありませんでした。ソースよりも醤油、マヨネーズよりも醤油の醤油大好き人間の僕としては一度寄らねばならない場所です。

湯浅は醤油だけでなく、金山寺味噌もその名を全国区としていますし、また熊野古道が唯一市街地を通る町並みであることも町の人たちが誇りに思っていることです。

【往路】 西宮→弁天町→津守→堺→29号(大阪臨海線)→泉佐野→関西空港自動車道→阪和自動車道→紀ノ川SA→海南IC→42号線→下津→有田→湯浅

【復路】 湯浅→42号線→海南IC→紀ノ川SA→阪和自動車道→阪神高速→鳴尾浜IC→西宮

今日はDSCと一緒に走ることを楽しみたい、そして、素敵な処でゆっくりしたい、と思いツーリングマップルとにらめっこをしてここ湯浅をその目的地とすることにしました。湯浅の町に入ってJR湯浅駅を目指しますが、少し分かり難く町の方に教えてもらい無事に着くことが出来ました。駅での目的は湯浅の町並みマップのゲットです。駅員さんにお頼みするとマップと○特クーポン券を頂きました(本当はこのクーポン券、JRを利用したお客さまだけみたいです。すみません・・・)。駅で写真を撮っているとサイクリングを楽しまれている小学生の男の子とお父さんの親子にシャッターを押すように頼まれます。でもそれはビデオカメラの写真モードでした。久しぶりに触るビデオに懐かしく思いながら引きとアップの2種類を撮影しました。橋本から車で来て、町を自転車で散策するのだそうです。親子で素敵な休日を過ごされています。お気をつけて、と無事を祈ります。

そして『立石道標』を目指します。熊野古道。なんて素敵な名前なんでしょうか。熊は神を表します。神の道、神への道です。それが現代の生活の場である町の中を通っています。一方通行ですが2輪は除くとある道を感謝しながら逆走します。すぐに立石は見つかりました。天保9(1838)年に建立され、紀三井寺、熊野、伊勢、高野への参詣道を標示しています。立石の写真を撮っていると向かいの花屋のご主人が「撮りましょうか?」と声を掛けてくださいます。僕自身は自分の写っている写真に興味がないのでいつもは断ってしまうのですが、ご主人の好意を無にすることが出来ずお願いしました。ぎこちない笑い顔の僕が写真の中にいました。奥様もニコニコして見てくれていました。本当に狭い道でバイクでも置いておくと車が通りにくくなるような場所です。花屋さんにお礼を言い熊野古道から和歌山県初の『重要伝統的建物群保存地区』に向かいます。

『町内を散策される方 ご自由にご利用下さい』と説明書きのある駐車場の看板を見つけます。こういうサービスはとても嬉しいです。夏のメッシュジャケットから革ジャンへと衣替えした僕でしたが、革ジャンを脱ぐと気持ちいい風が身体を通り抜けていきます。

ふれあいギャラリー→角長→醤油資料館→甚風呂→大仙堀→麹資料館

角長の前を伸びる『北町筋』は歩いていると味噌の匂いがしてきます。味噌汁の匂いにほっとする日本人ならではの反応なのでしょうか、気持ちが優しく落ち着いてくるような気がしました。山田川を左手に、大仙堀を右手に見ながら角長を今度は反対から見ます。廻船が江戸時代にはここを行き来していた訳です。しばしそんな思いで魚たちが泳ぐ堀を見ていました。P1000044 P1000040 P1000050 P1000047 P1000074 P1000052 P1000104 P1000076

                    

                    

                       

かじや筋に折れていくと『麹資料館』があります。最初は『麺資料館』と読み違えて???になっていた僕ですが、ここでこの資料館の館主である津浦さんから町のこと、麹のこと、祭りのことなどをたくさん教えて頂きました。津浦さんは55歳までサラリーマンをされていましたが、ご家庭の事情で湯浅に戻ってこられました。そして手作りの行灯を手掛けてから評判が評判を呼び、大仙掘界隈を復元したジオラマでは4大新聞を飾るまでになりました。ジオラマの作られるご苦労や楽しかったことを活き活きと話して下さいました。今でもこのジオラマ、発展途上のようです。昼の光景だけでなく、電気を消して発光ダイオードをジオラマ建物の中に入れ夜の光景も見せてくれました。

また日本の誇るバイオ技術、麹。顕微鏡も無かった時代に微生物の仲から分離培養してきている訳です。もともと津浦さんのお宅はこの麹を作っていました。津浦さんがサラリーマンを辞められたとき、麹を作る工程で使用する道具などは捨てられ燃やされていました。残った僅かな道具たちを復元し資料館として再スタートさせるまでは大分ご苦労があったと思います。

湯浅では今月27日、28日と『第一回 全国醤油サミット』が開催される予定です。その実行委員の方が津浦さんを訪ねて来られたので帰ろうとしたところ、その方から今度の祭りの行列の巻物が出来たとのことで見せて頂きます。力作です。行列の前方には虚無僧が10人ばかり笛を吹いています。大八車も数台が醤油樽を乗せて続きます。これから本番に向かって練習が続くのでしょう。ぜひ、初めてのサミット、成功させて頂きたいと思います。P1000191 P1000120 P1000187 P1000183 P1000138 P1000167 P1000201 P1000157 P1000207 P1000204

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コメント

懐かしい湯浅の旅レポです。「角長」の醤油をもうかれこれ30年使っています。

投稿: ue | 2007年10月 6日 (土) 22時57分

ueさんは湯浅もよくご存知なんですね。
角長のお店は国道沿いにもありますね。
新鮮な卵をふっくらとした炊き立てのご飯にポンと割って角長の醤油をサッと垂らしたら、ほっぺた落ちてしまいそうです。

投稿: tetsu | 2007年10月 6日 (土) 23時38分

いいお天気でしたね。
和歌山のいい旅されたようですね。
僕もでかければよかったです...
「マヨラー」の僕ですが、醤油も結構かけます。
お稲荷さんや煮アナゴのお寿司にもかけたりして不思議がられます(笑)
ジオラマ、創作意欲がくすぐられます!
カタナを機軸にいろいろ増やして行こうかなぁ。

それにしても、真横からのDSC、
やはり美しいバイクですね~!

投稿: kazuh | 2007年10月 6日 (土) 23時52分

kazuhさんはマヨラーなんですね。マヨネーズが好きな人はご飯にもかけると聞きましたが、ショウラー(こんな言い方になりますか?)の僕はご飯がちょっと茶碗の中に残ったりした時、醤油をサッとかけたりします。美味しいんですよね♪

ジオラマ! ぜひkazuhさんワールドを作っちゃいましょう。時々びっくりさん登場みたいな番組で6畳一間丸ごと電車の世界、という素敵な空間をお持ちの方を紹介したりする番組があります。たぶんご家族の大反対や攻撃にヘロヘロになりながらも何とか頑張っているんだと思います。好きなことが出来てそれが身近にあったら言う事ないですね。

DSC、お褒め頂き嬉しく思います。この形とこの色にやられてしまった自分でした。

投稿: tetsu | 2007年10月 7日 (日) 09時07分

tetsu さんはこういうのを見つけるのが
上手ですね。
 私なんか、TM 眺め回してても
 連想する知識が乏しいためか。。。
 とても見つけられません。
        (^_^;)

 またもや、これも戴き! ということで
 近いうちに出かけてみたいと思います。

投稿: kanoko551 | 2007年10月 7日 (日) 13時07分

最近はイベントを探してそれを見に行くようなツーリングが多くなっていたので、原点回帰ということで走りに重点を置いたプランを考えてみることにした結果でした。

湯浅でお会いした人達は誰もが親切でした。なんかとっても嬉しくなりました。帰路、海南ICから鳴尾浜ICまでは途中紀ノ川SAでプチ休憩込みで1時間20分程でした。素敵なところです。祭りの日も人混みで動きが取れないということはないように思います。のんびりした時間をどうぞ楽しまれて欲しいと思います。

湯浅より少し南となりますが以前行った白崎海洋公園も石灰石で真っ白な岩に日本とは思えない光景に驚きました。こちらもオススメです♪

白崎海洋公園
http://goodriderdsc400.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/2005/topics.cgi?page=530


僕の中では『御坊』も気になる処となっています。確か日本一短い鉄道があったと記憶しています。僕が大昔乗ったときには列車の中にある広告が『手書き』で感動した覚えがあります。

投稿: tetsu | 2007年10月 7日 (日) 19時43分

tetsuさん

写真の中に、京都の町並(裏道)みっぽいのがいくつか見られます。

祇園の「花見小路下ル」の東の道みたい。

投稿: SHIN | 2007年10月 7日 (日) 22時53分

日本の文化、伝統、知恵を、熊野古道が動脈となって運んでくれたのでしょうか。

京都の小路と違ってここでは人のいない道を見ることが出来ます。昔ここを歩いた人々を思い出すには湯浅の方が良いのかも知れませんね。

でも最近はJR東日本でもキャンペーンを打ってくれているらしく一番下の左写真は電車内の吊り広告です。津浦さんが左端で笠をかぶっています。団体さんも時折訪ねるようになってきているようです。観光地のようになって欲しくないのは地元の人でない僕の身勝手な言い分なのかもしれません。

投稿: tetsu | 2007年10月 8日 (月) 21時10分

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