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2007年10月13日 (土)

友ヶ島 

Dsc_0284 大阪湾の入口、淡路島と紀伊半島の間に紀淡海峡があり、そこに友ヶ島があります。沖ノ島、地ノ島、虎島、神島の4つの島の総称です。和歌山の加太港から船で20分程(往復2,000円)で行くことができます。以前から行ってみたかったのですが、この船が赤字から運行停止に追い込まれた時期(2006年12月)があり、再開未定とのことで半分諦めていました。でも久しぶりに『友ヶ島』をwebでチェックし再開していることを知りました。

西宮→43号→津守→29号→臨海線→樽井→26号→深日→65号→加太→航路→友ヶ島(沖ノ島)→航路→加太→往路逆順

沖ノ島内 ~ 野奈浦桟橋→(左回り)→海の家→池尻浜→蛇ヶ池→観光旅館富士屋別館→第2砲台跡→友ヶ島灯台→第1砲台跡→ 池尻広場→孝助松の海岸→小展望台→タカノス山展望台→第3砲台跡→野奈浦桟橋

友ヶ島は明治時代から第二次世界大戦まで軍事要塞として大阪湾を守るための砲台が備え付けられていました。史跡というよりも廃墟に近い感じの要塞を一度訪れてみたいと思いました。

友ヶ島自然公園事務所&友ヶ島汽船加太営業所のHPはこちらから

http://www.kada.jp/kankou/tomotoi.html

この時期の土日、加太と友ヶ島を結ぶ船は5便しかありません。西宮から下道で加太まで2時間15分程掛かりました。加太では乗船場は見えるのですがどこからバイクを乗り入れていいのか分からず、行ったり来たりしてしまいました。やっとのことでバイクを乗船場入口に止め往復の切符を購入します。2,000円ナリ。ちょっと高いですがもう行くことが出来ないと思っていた友ヶ島です。奮発します。おばちゃんが僕に近付いてきて『あのバイク、あんたの?』と聞かれるので『はいっ?』と答えると駐車代金200円を徴収です。Dsc_0012 Dsc_0001 Dsc_0038 Dsc_0025 Dsc_0058 Dsc_0034 Dsc_0078_2 Dsc_0060

                      

                      

船は19トン。旅客120人乗りの高速船です。海風が当らない室内に58名、暴露部に62名の構成です。行きは最後尾の立席にいました。小ぶりの船が結構な速さで走るため、船首で飛沫が大量に作られ、暴露部に居る人達は海のシャワーを浴びているような感じとなります。結構激しい揺れですがこのシャワーのお陰?で酔う暇もありません。20分余りの時間はあっという間に過ぎてしまいます。この時期、お客さんは殆ど居ないのでは?と思っていましたが、団体さんもいたりして船は結構な混み具合となっていました。ご年配の方が多く、そこに家族連れやカップルが交じるような構成です。僕のように一人出来ている人は・・・いません。

沖ノ島の野奈浦桟橋に着くと桟橋で釣りを楽しんでいる人の間を通って島へ上陸します。乗船券売り場でゲットしたパンフレットにハイキングのモデルコースが記載されています。沖ノ島の西を周る『灯台・展望台コース<3.7km>』と東を周る『深蛇池・虎島コース<6.2km>』のふたつです。全部で5つある砲台跡のうちもっとも大規模で当時の様子を残している『第3砲台跡』は前者のコースにあることからまずはそちらを行くことにします。桟橋を右手に折れ、島を左回りに進んでいきます。その後で、時間と体力があれば後者のコースも行きたいと思っていましたが、予想通り(?)時間と体力が無くなりそちらは諦めることとなりました。

結構な人数の人達が上陸したのですが桟橋付近の風景や看板を撮っていて、さぁいざ行かんと歩を進める時には周りには人影がポツンポツンとあるだけです。あれれっ?みんなどこに行ってしまったのかな?と狐につままれたようです。どうせひとりなので気持ちを切替え歩き出しますが、今度は前方に若いアベックが手に手を取って楽しそうに歩いています。距離が詰まると僕が写真を撮ってまた離れ、また詰まると・・・と繰り返しているとアベックは何か変なおっちゃんが後をついて来るように思えたのでしょう。フェイント攻撃をかけてこられ僕がいつの間にか前を歩くようになっていました。参りました。。

赤レンガの色もそのままの第2砲台跡。海に隣接しここから欧米諸国の船に砲弾を浴びせていたことを想像します。今では崩落激しく中に入ることはもちろん、近付くことも出来ません。空と海の青さに芝の緑が素敵です。Dsc_0092 Dsc_0086 Dsc_0104 Dsc_0099 Dsc_0110 Dsc_0105 Dsc_0122 Dsc_0119

                   

                      

日本で第8番目に出来た洋風建築の灯台近くには第1砲台跡があります。そこにあった兵隊が走り回っていたであろう堀を巡らせた半地下通路を歩くと複雑な思いに駆られます。通路の突き当たりはゲル(騎馬民族のテント)のような形状で目の高さが開けられた攻撃の基地となっています。Dsc_0149 Dsc_0131 Dsc_0141 Dsc_0132 Dsc_0152 Dsc_0147 Dsc_0162 Dsc_0168 Dsc_0166 Dsc_0156 Dsc_0177 Dsc_0167 Dsc_0202 Dsc_0182

                    

                      

孝助松の海岸から展望台まで高度を一気に上げていきます。でもゆっくりゆっくりですからそんなにきつくはありません。展望台には一等三角点があります。東経135度。そうです。子午線です。相変わらず回りには人がいません。紀淡海峡を独り占めです。眼下には灯台が見えています。随分と上ってきた事に驚かされます。

展望台の下に『第3砲台跡』が延びています。草が伸び放題の階段を下りていくと砲座がふたつ並んでいます。今では丸い水溜まりと化しトンボがしきりにお尻を水面に叩きつけていました。一区画に2つの砲座があり、その区画が4つあります。延びていると表現したのはその区画がトンネルで結ばれているからです。そしてトンネルの中はさらに地下へ行く階段があります。灯り一つ無いトンネルの中は真っ暗です。目を凝らしても目が慣れても真っ暗で何も見ることはできません。でもその為にJCBのポイント貰ったペンタイプの懐中電灯を持ってきています。準備万端。でもさすがにおっかないです。ペンで照らされた処だけが浮び上がります。でもそこに浮かんだ階段はその形を留めていません。もし灯りがなかったら下まで落っこちてしまうこと請け合いです。階段を下り切り少し行くと横に扉のない入口があり中に大きな空間が広がっています。きっと弾薬庫かなにかの場所だったのだと思います。ガランとした空間。しかもそこもまた真っ暗です。奥まで足を運ぶことは何か躊躇われたので止めておきます。いつもはフラッシュ禁止モードにしておく僕ですが、フラッシュを焚いてカメラにその映像を記録します。こわ~いよ~。キャ~。Dsc_0227 Dsc_0222 Dsc_0245 Dsc_0234 Dsc_0260 Dsc_0259 Dsc_0272 Dsc_0265 Dsc_0319 Dsc_0289

                     

                 

                     

                      

                        

この第3砲台跡はもっとも整備されていると思っていましたが、トンネルをくぐってその区画を進んでいくに従い、草の生い茂り方が尋常では無くなってきます。最後の区画などはもう人が足を踏み入れていない度100%です。前人未到の地をいく僕です。でも草だけでなく、行く手を阻むものがいます。蜂です。耳にあの威嚇の羽音が響きます。これ以上は近付くな、の警告の合図です。捲り上げていた長袖のシャツを伸ばして、襟を立てて万一の時に備えます。僕は何をやっているんだ?と疑問になんか思っている暇もありません。暗闇と静寂の恐怖に加え、蜂までが加わってきているのです。行き止まりになった第4区画から元来た道をそのまま引き返すことに不安を感じ、どこにでるかも分からない先の見えない階段を駆け上がります。そして今度は崖を木を伝いながら降りていきます。そこでようやく現実の世界に戻ることが出来たような感じがしました。あぶなかった。。

下界へ戻ったと思いきやすぐにまた弾薬庫の跡地に遭遇します。ここが友ヶ島を代表するスポットです。ピーク時にはどれ位の兵隊がここに駐留していたのでしょうか。戦争の足音はもう聞きたくありません。弾薬庫のすぐ傍に将校用の宿舎がありました。もう外壁も崩れ中もボロボロとなっていますが、ここに畳があったんだな、ふすまがあったんだな、という間取りは分かります。『ここでキャンプをしないで下さい』と注意書きがありましたが、僕は頼まれてもキャンプをここではしたくありません。Dsc_0318 Dsc_0307 Dsc_0335 Dsc_0328 Dsc_0351 Dsc_0348

                    

                    

時計をみると13時です。30分後に出向する船があります。それを逃すと次は15時半発と2時間待たねばなりません。ここに来る前はこの第3砲台跡でゆっくりすることも考えていたのですがなぜかそうすることを拒む自分が居ました。ここは自分の気持ちに素直に従うことにします。すると一匹の蝶が僕の前で舞い花に止まりました。時間が気になりましたが、僕も蝶と一緒に花の横にしゃがみ込み蝶にピントを合わせていました。Dsc_0370 Dsc_0354 Dsc_0416 Dsc_0406

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コメント

tetsuさん

明日は御堂筋パレード行きます?
わたしは行きます!

投稿: SHIN | 2007年10月13日 (土) 20時32分

明日は晴れの気持ちよい天候だったら
森林公園か、コスモスを観にどこか行きたいな~と
思っていましたが、天気予報を見ると
曇りのち午後から小雨。。。

御堂筋パレードはSHINさんのお写真で
観賞とさせて頂くことになりそうです。

投稿: tetsu | 2007年10月13日 (土) 21時36分

tetsuさん

写真アップしました。
しばらくは御堂筋パレードの写真のオンパレードです!

投稿: SHIN | 2007年10月14日 (日) 21時20分

淡路と本州の間の島の存在はしっていましたが
友ヶ島という名前や、どんな島だったのかという
ことは初めてレポ拝見して教えていただきました。
確かに人影がないとちょっと怖い感じですね...
鉢に実弾攻撃されなくてよかったです。

前、tetsuさんも行かれていた(と思うのですが...)西宮の砲台も
実は長年近くにいながら行ったことがないのです。生活圏にあるのですが...
こんど行ってみよう...

投稿: kazuh | 2007年10月14日 (日) 22時26分

今回僕は西だけのコースでしたが、東も含めた全島巡りのコースですと5時間くらいを目安とする必要がありそうです。


ここは殆ど手入れがされていません。僕などはそれも好きなのですが、観光資源という観点からは塹壕が木々に覆われ分かり難くなっているなどちょっとどうかな?と思う所がいくつもありました。

ツーリングの目的の一つに非日常があるとすれば友ヶ島の一日は正に非日常体験でした。蜂に怯え、暗闇に背筋を凍らせるなんていうのはとても楽しい?ですね♪

西宮の砲台はマンションが近くにあり生活圏と隣接している場所にあります。塀のうえからのポジションで撮影しました。たしか試射の段階で設計失敗に気付いたというお粗末な顛末付だったと記憶しています。

投稿: tetsu | 2007年10月14日 (日) 23時06分

友ヶ島に砲台があったとは
知りませんでした。
 非日常を体験できる、貴重な存在ですね。

 日本軍のこうした跡地は、国内でも
 めずらしいかも?

投稿: kanoko551 | 2007年10月18日 (木) 20時30分

船で渡らなければならないちょっと不便だったことが良かったのかもしれません。

以前は南海電鉄が観光地化を図ろうとした時期もあったようですが、いまは南海も手を引き放ったらかしの状況です。

非日常の世界は十分に堪能できます。行かれる際は懐中電灯をぜひ忘れずにご持参下さい。きっと、こわ~い世界が覗けます♪

投稿: tetsu | 2007年10月18日 (木) 21時11分

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