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2008年5月31日 (土)

鶴丸

Dsc_0226 今日が鶴丸の最終フライト。netで調べてみると伊丹から羽田へ飛ぶ便がラストと分かりました。晩ご飯を胃袋にぶち込みように食べて伊丹空港へ行ってきました。鶴丸君、JALの尾翼に描かれている赤い鶴のマークですが今日を持って48年の歴史に幕を引きます。

『鶴丸』は日本を代表する鳥『丹頂鶴』と『日の丸』をモチーフにデザインされたものです。以下JALのHPより。

1954年2月 国際線開設に伴い、日本的ムードを強調する鶴の紋章「鶴丸」が日本航空のイメージとして、宣伝パフレット、客室用品等に多用される。

1958年2月 2年後のジェット機時代の幕開けにふさわしい宣伝販促用の新しいマークが必要となり、現代的でスピード感があり、かつ日本のイメージを感じる伝統的なデザインを検討開始。

1959年8月 宮桐四郎原案、ヒサシ・タニ製図による鶴に「JAL」をあしらった「鶴丸」マークが日本航空の商標として制定される。

1960年7月 DC-8「FUJI」の機体に初めて「鶴丸」が塗装される。当初は期待の横、コックピットのすぐ後に描かれる。(尾翼は日の丸)

1965年10月 日本航空の社章が鶴丸になる。

1970年 ボーイング747の就航にあわせて、鶴丸マークは尾翼に大きく描かれるようになる。

1989年5月 完全民営化に伴い、JALロゴが新しくなるが、尾翼の「鶴丸」は残り、その中の「JAL」は新ロゴとなる。

2002年11月 JAL./JAS統合に伴い、機体デザインが「The Arc of the Sun(太陽のマーク)」を基調にしたデザインに決定され、現在の塗装に移行開始。

2008年5月 鶴丸マークは約半世紀の歴史を閉じ、6月よりすべての機体が新塗装となる。

ラストフライト: JL138便 伊丹 20:20 → 羽田21:30

ロビーにいたグランドホステスさんに聞くとセレモニーは搭乗口でしか催されないとの由。仕方ないので屋上の展望台へ上がります。すでに展望台の最前列はカメラを持った航空ファンで一杯です。Dsc_0069 Dsc_0003 Dsc_0408 Dsc_0064 Dsc_0305 Dsc_0336 Dsc_0270 Dsc_0367 Dsc_0437 Dsc_0481

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荒牧バラ園

Dsc_0062 雨が止みました。雨雲はもう西のほうにはありません。たぶんもう降らないでしょう、という淡い期待をもってカブと散歩に出かけます

荒牧バラ園は最盛期を過ぎ、枯れた花が目立つ状態でした。それでもひとりひとりの花を見ている限りは素敵でした。Dsc_0008 Dsc_0018 Dsc_0050 Dsc_0038 Dsc_0129 Dsc_0031_2 Dsc_0052 Dsc_0083 Dsc_0106_2 Dsc_0126 Dsc_0057 Dsc_0001

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穂高湖

Dsc_0023 夢の中でみた霧の中に幻想的に浮かぶ湖を訪れました。山頂に近付くにつれ霧が濃くなり車のフォグランプを付けるほど。期待が高まりますが、湖に来ると霧は無くなっていました。

今日は朝から雨。バイクで外へ出ることは難しそうです。そこで車でしか行くことが出来ない(二輪車通行禁止)六甲山牧場から1000万ドルの夜景が見える掬星台への道の途中にある『穂高湖』に行くことにしました。車は4、5台が湖入口に止めることが出来ます。

家を出る時は雨が一時的に上がっていましたが、神呪寺さん辺りから雨足が強くなります。六甲山を東から西へ高度を上げていきますが車は殆どいません。丁字ヶ辻の三差路を過ぎると間もなく六甲山牧場の入口です。西六甲ドライブウェイを外れ、摩耶山方面へ向かいます。やがて右手に『穂高湖』と彫られた小さな石碑が見えてきます。

車を止め、カメラバックとウェストバックをビニール袋で雨対策をしてからいざ出発です。このときトレッキングされているご夫婦に会いました。もちろん傘ではなく、レインコートを着ていられます。僕は100円レインコートを持参しましたが傘を差しています。傘を差しながらシャッターを切るのは少し不便ですが仕方ありません。

『穂高湖周遊路』と書かれた看板に従い階段を下りて行くと湖の畔に辿り着きます。この天気に湖を周るヘンチクリンは僕しかいません。湖を独り占めです。素敵な湖が目の前に広がります。

途中、『おっ、これはちょっと本格的な登山ルートとなるのかな?』と思わせる場所もありましたがそれも一瞬のことでありました。殆どが楽ちんなコースです。砂防ダムの裏側に出てくるとゴールはもうすぐです。ダムに近付いていくと足元で赤い何かが動いています。サワガニです。僕を見て必死に隠れようとしています。こちらは写真だけが目的です。なかなかじっとしてくれません。

もう少し時間が掛かると思っていた湖一周も約30分で達成です。車に戻るとタクシーが一台止まっています。運転手さんは本を読んでいます。お客さんを連れてきてここで待っているのかもしれません。

途中、六甲山自然保護センターに寄り道です。ここでは霧が強く出ていました。う~ん、上手くいかないものです。Dsc_0015 Dsc_0002 Dsc_0036 Dsc_0025 Dsc_0031 Dsc_0043 Dsc_0040 Dsc_0024 Dsc_0063 Dsc_0055 Dsc_0075 Dsc_0068 Dsc_0082 Dsc_0076 Dsc_0094 Dsc_0092 Dsc_0149 Dsc_0138 Dsc_0162 Dsc_0153  

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2008年5月24日 (土)

雨の日はハッピー♪

Dsc_0356                  

24日の新聞にビックリの記事を見つけました。

USJ、雨の日来場なら次回タダ 入場料期間限定

6月1日から7月21日までの期間限定でのキャンペーンです。雨の日に入場したお客さんに次回分の入場券を渡してくれます。その際、顔の認証データを登録し、次回に入口で専用カメラで本人確認を実施して別の人が利用できないようにしています。再来園の期限は夏休みの終わり8月31日までです。上手く利用すれば入場料が実質半額になります♪ ただし、雨の日の定義や再来園の日程等には条件があるようですので実際の利用にはUSJに確認(HP等)をして下さい。

USJの公式HPはこちら 新聞発表の方が先だったようでまだHPには記載が無いようです。もう少ししたら載るのではないかと思います。

http://www.usj.co.jp/

2007年夏のtetsuオフィシャルレポートはこちら (冒頭写真は当時のもの) 公式HPからは当然アクセスできませんがURL直接ですとアクセスが可能なようです。いつまで見れるか分かりませんが、夏の素敵を渾身の力を込めてレポートしています♪

http://summer-usj13.at.webry.info/

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2008年5月18日 (日)

アンネのバラの教会

P1000100 甲陽園の北側の山の麓に『アンネのバラの教会』があります。アンネ、そうです、あのアンネ・フランクのアンネです。この教会はアンネの父親であるオットー・フランク氏との交流が設立のきっかけとなったそうです。

教会のHP http://www.annesrosechurch.com/

写真(FX-01)を撮っていると教会の方か信者の方か分かりませんでしたが女性の方が『いま、とても綺麗ですね』と話しかけられます。本当に綺麗です。ひとつひとつの花を見ると花弁が少し傷みかけているものも多いのですが、全体で見ると今がピークではなかろうか、というタイミングです。アンネも少し嬉しそうな表情をしているように思えました。P1000113 P1000124 P1000117 P1000118 P1000151 P1000131_2 P1000132 P1000166

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国立国際美術館

P1000077 今日は『国際博物館の日』です。どうして5月18日がその記念日かは知りませんが、この日は入館料が『タダ』になることはしっかりと認識しております。と云うわけで関大を後にした僕は再び新御堂に乗り、カブをぶっ飛ばします。あの宇宙船の様な独特の形状をもつ『』大阪市立科学館』の横に目的地『国立国際美術館』があります。ここもまた不思議な形状をもつ美術館です。地下にその展示室はあり、表に出ているのはパイプで組み上げられたオブジェだけです。

この日は特別展として『液晶絵画』が開催されていました。(特別展通常観覧料900円、常設展・企画展420円)

雰囲気は直島(香川)の地中美術館で感じたそれに近いものがありました。従来の芸術の延長でなく現在の技術を盛り込んだ斬新的なアイデアが満載でありました。

ただ美術館の中は当然ながら写真撮影禁止となっています。カメラ(FX-01)はポシェットにしっかりと仕舞い込んでおりました。P1000083 P1000090 P1000073 P1000082

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高松塚古墳壁画再現展示室

P1000027 奈良県明日香村まで行かなくても高松塚壁画に逢うことが出来るんです。その場所は、関西大学の千里山キャンパス。

ホンダドリーム箕面店でしまなみ海道全線走破してくれたカブのオイルを交換してもらいます(1,700円)。そこから新御堂を一気に南下します。千里山の看板が見えてきたところで下道に下りますがどうももう少し先のようです。途中、2、3人の方にアドバイスを貰いながらやっとのことで関大の正門前に到着です。自転車、原付乗り入れ禁止の看板があるので、どこか邪魔にならない所がないか駐車場所を探します。ひょこにゃんとカブを止めてキャンパスに入っていきます。女学生に高松塚の壁画の場所をお聞きしますが、そんなものがあることは知っているが場所は知らないとのツレナイご返事です。関大生諸君、高松塚壁画(複製)が折角自学のキャンパスにあるのだからもっと見に行きましょう。結局正面入口まで戻り、係りの方に教えて貰います。キャンパスの案内地図も頂きました。

高松塚と関西大学。この関係は1972(昭和47)年に遡ります。この年の3月、奈良県明日香村を事業主体に奈良県橿原考古学研究所によって発掘調査が行われました。当時の研究所所長が関大の名誉教授で、その指導の下、関大の助教授が関大の学徒を率いて調査に携わった訳です。その世紀の発見から30数年が経ち、いまやその素晴らしい色彩も石室内で発生した大量のカビにより見るも無残な姿になってしまいました。関大はこの素晴らしい日本文化を後世の人に残す責務を負っているとし、発見当時撮られた写真を元に美術陶板により石室を再現してくれました。

開館日はいつもは月曜日から土曜日までなのですが、この日は別の催しもあり特別に開館してくれていました。見物に来る人も疎らな場所です。石室の真下にドカンと座って暫く天井を見上げていました。ちょっぴり石室に眠っていた人の気持ちが分かるような気持ちがしました。P1000016 P1000011 P1000019_2 P1000020 P1000025 P1000022 P1000045_2 P1000040 P1000052_2 P1000058 P1000053 P1000048

                   

                 

       この壁画再現室は関西大学博物館のまん前にあります。博物館へ入ることが出来るかお聞きするとOKとの由。大学の歴史に始まり、石器や土器が沢山陳列されています。そして特別展として『天目 宙(そら)への誘(いざ)い~木村盛康陶芸展~』を開催していました。その作風は土と炎が作り出す奇蹟と云われているそうです。素人の僕がみても『あぁ、素敵だな~』と思える作品たちでした。

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2008年5月17日 (土)

伊勢本街道経由で『てんぷる』さんへ

P1000173 ふらりと訪れた『らーめん 中華料理 てんぷる』さんのHP。そこにあったのは驚愕の『閉店のお知らせ』のアナウンス。5月一杯で閉店されるとあります。以前は食事もせずお茶だけ戴きました。その際こんどは『ちゃんと食べに来ます』と約束しました。今日その約束を果たしてきました。昼どきはお忙しいと考え、少し遅れて入ろうとそれまでに大きく遠回りの寄り道を考えます。(本日の写真機:LUMIX FX-01)

【本日のコース】注:青字は立ち寄り場所:西宮→2号線→梅田→1号線→8号線→阪奈道路→奈良公園→169号線→天理→25号線(名阪国道)→道の駅 針テラス→369号線→都祁村→榛原町→シャクナゲの丘→曽爾村→道の駅 御杖(みつえ) 姫石の湯→368号線(伊勢本街道)→三多気(みたけ)の櫻名松線 伊勢奥津の駅奥津宿道の駅 美杉→166号線→深野の棚田→166号線(和歌山街道)→沈下橋→道の駅 飯高→つつじの里 荒滝コスモ石油飯高町SS蓮(はらす)ダム→奥香肌峡温泉 ホテルスメール→洞窟美術館→50,000km達成→しだれ桜 高見の郷→東吉野町温泉→16号線→天誅組遺跡(終焉の地)ニホンオオカミ像→370号線→169号線→370号線→五條→310号線→天狗茶屋 ニジマス・アマゴつり場→歓心寺→河内長野→狭山→『てんぷる』さん→26号→43号→西宮

鹿が朝の公園をゆっくりと歩いています。鹿とも遊びたいのですがここは我慢。天理からの名阪国道は時速60km制限なのですが誰一人守っていない不思議な道です。覆面パトカー(グレーのクラウン)に捕まえられた車が気の毒でした。この時期の針テラスはバイクの屋外展示場の様です。スーパースポーツからビックアメリカンまで色々なバイクが勢揃いです。しかも皆さん、ここで時間をたっぷり取っているようです。駐車場から出て行くときには皆さんの視線がそのバイクに集中されます(自意識過剰?)。ここでかっこ悪いことは出来ません。今日の出来は80点でした。

榛原を過ぎると大自然の素晴らしさ満喫コースへと突入していきます。地図にはなかったシャクナゲの丘でバイクを止めます。目の前にすごい数の石段が天まで延びています。石段の両脇にシャクナゲが咲き誇るのですが少し時期が遅かったようです。観光客も誰もいません。P1000014 P1000013 P1000019

                    

                      

伊勢本街道。昔は大阪の人たちが伊勢参りにこの道を歩いたと思うと感慨深いものがあります。途中、三多気(みたけ)の櫻に寄り道します。すごく狭い道です。花の季節にはここに大勢の観光客が来るのだと思いますが、車ですともう身動きが取れなくなること必至です。この春もどうだったのでしょうか。在原業平や平清盛らもここの花を愛でいたようです。シーズンには1.5kmに渡る参道の桜たちが素晴らしい風景をプレゼントしてくれます。P1000045 P1000027_2

                

                    

                     

                        

ツーリングマップルに『旧道は宿場町の雰囲気を残す』とあります。伊勢奥津の駅を目印にしますが、本当に小さい駅で国道からはうっかりしていると通り過ぎてしまいます。ホームにぽつんとあった行き先案内板に気付いてUターンします。しばらく誰もいない駅舎でボケーとします。いつもボケーとしているので余り変化はありません。駅から伊勢本街道までは目と鼻の先です。本街道の案内板や素敵な味噌屋さん?を撮っていると先ほどまで店先で取引先と打ち合わせをされていたご主人が『どこから来られましたか?』と尋ねてこられます。神戸からとお答えすると随分遠いところから、と感心されていました。ご主人に青い屋根の家を曲がって行くと風情の残る街道が見ることができると教えて頂きます。立派なお店に思わず『素敵ですね』と云うと『ご先祖さんからの預かりものです』と味のあるお言葉。すごくかっこいいご主人でした。P1000052 P1000060 P1000061

                

                    

                  

368号線も三重県松坂市に入ると途端に道が狭くなりタイトなコーナーが続きます。8m以上の大型車はここから進入禁止です。下界が近付くにつれて木々で覆われていた視界が開けてきます。

166号線にぶつかります。目的地へは右へ進路を取る必要がありますが、ここでは一度左へ舵を取ります。『深野の棚田』が目当てです。看板もなく一旦少し行き過ぎましたがすぐに引き返し狭い道をDSCで上がって行きます。ここでは石積みの棚田を見ることが出来ます。まだ苗は植えられたばかりでありました。あと深野は松坂牛発祥の地だったらしく石碑が建っていました。再び166号線に戻ると眼下を流れる川に沈下橋が掛かっていました。DSCで降りていきたかったのですが帰って来れなくなる可能性があったので素直に諦めます。P1000091 P1000096 P1000110 P1000102

                         

                     

DSCで初夏の道を快適に飛ばします。もう素晴らしく気持ちの良い季節です。『つつじの里 荒滝』の大きな看板を目印に山に入っていきます。突き当りまでDSCで行きましたがどうやらつつじの季節はとっくに終わってしまったようです。枯れて萎れた花びらが風に揺れていました。というのも今日のTVで葛城山のつつじがいま満開の見頃を迎えているとの情報があったのでちょっぴり期待してしまったのですが、さすが葛城山、標高が違うのでしょうね。

166号から569号へ蓮ダムへと向かいます。DSCのオドメーターも50,000kmまであと僅かです。運転に集中していると記念写真を撮り忘れてしまいます。ここからはしっかりと走行距離を睨みながらの運転です。蓮をなかなか『はらす』とは読めません。大きなダムでしっかりと手摺がありますが、高い所がちょっと苦手な僕です。見ていると引き込まれそうな感じがしてどうしても腰が引けてしまいます。へっぴり腰のまま後退りです。P1000123 P1000127 P1000131

                  

                      

        そして昨日まではもっとも期待していた洞窟美術館へ。昨日まで、と注釈があるのはwebでその内容を知ってしまったからです。ツーリングマップルで『東南アジア各国の仏像や陶磁器が洞窟内に展示されている珍しい美術館』とあってので勝手にイメージをしてしまっていました。ちいさな手掘りに近い洞窟で、小さいけれども凛とした素敵な仏像が薄暗い中でスポットライトを浴びて浮び上がっている様子をイメージしていました。でもwebで見ると所謂B級スポット的な場所のようです。どうもいけません、というか全くいけません。結局、美術館の前で記念写真だけ撮ってさよならしました。

50,000km達成。DSCはカブと違いデジタル表示です。だから一桁目の0がピッタリでなくてもずれたりはしません。前後の車に注意しながら邪魔にならない場所にDSCを止めます。ひとり祝杯をあげます。町中ではなく、川と山とに囲まれた中で達成できたことが嬉しいです。

166号に戻り、16号線への入口に気をつけながら走ります。青看板の前でDSCを止めて地図で確認します。吉野の文字を見つけて勇気百倍、間違い無いようです。16号に入るとすぐに天誅組遺跡と大きな石碑があります。ここで天誅組総裁吉村寅太郎は密告により発見され銃弾に倒れました。P1000138 P1000147

                    

                    

                  

少し行くと今度は『ニホンオオカミ像』があります。なんとここで日本最後のオオカミが捕えられたそうです。1905年(明治38年)のことです。そのオオカミは英国人により買い取られ今は大英博物館に展示されているそうです。P1000159 P1000155

                  

                  

                  

その後、五條から310を高度を上げていきます。そして歓心寺を経由し、河内長野で迷子になりかけ(どうしてこうもややこしいのか、いつも嫌になります)、堺市内に入るとやがて『てんぷる』さんのお店に到着です。

夕方の開店前に到着してしまったので店先でどうしようか、すこし躊躇いましたが、ドアを開けるとてんぷるさんはお休み中でした。お休みを中断してしまいました。申し訳ない。でもてんぷるさんは嫌な顔もせずご対応してくれました。バイク談義に花が咲きます。

チャーハンと水餃子を注文させてもらいます。両方とも美味しく頂きました。特にチャーハンはなんでこんなに美味しいんだろう、と思う位美味しかったです。そこにはてんぷるさんのプロならではのこだわりの一手間がちゃんと掛けられていました。P1000168 P1000170

                      

                    

てんぷるさんの次のステージでのご活躍を祈念しております。てんぷるさん、ご馳走様でした。とても美味しかったです。

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2008年5月11日 (日)

荒牧バラ園

Dsc_0242 農業公園のバラも見頃(まだこれから咲く花もある5分咲の状態)でしたので、荒牧バラ園にカブと向かいます。13号線を北上し、中国自動車道にぶつかったら左折。途中どこかで右に曲がっていけばいいはずです。その最後の右折のタイミングが少し早過ぎましたがおばちゃんに道を尋ねて最短距離で荒牧バラ園へ到着です。

http://www.itami.or.jp/kankou/natural/rosepark.html

いつもなら満杯の駐輪場も今日のドンヨリトしたお天気でガラ空きです。警備の方も手持ち無沙汰のようです。このバラ園は非常に手入れが行き届いています。この日も多くの庭師?の方が枯れた花や折れた枝を集めていました。いつも素敵な状態の花たちはこうした方々の隠れた力によって支えられてます。Dsc_0307 Dsc_0279

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農業公園

Dsc_0061 尼崎の農業公園へ行ってきました。

http://www.city.amagasaki.hyogo.jp/parks/083nougyoukouen/index.html

今日起きた時は雨がパラついていましたが朝食を食べ終えるとどんよりとしていますが雨は上がりました。一応100円ショップダイソーで購入した青カッパをカブの荷台に括りつけ出発します。場所が少し分かり辛いのですが山陽新幹線高架下を東に進んでいきます。車は通行不能の踏み切りもカブのエンジンを止めて押しながら前に進んでいきます。途中不安になりこれから自宅を車で出発というご家族に道を尋ねます。でも農業公園はご存知ありません。でも園田競馬場の北にあるというと競馬場だったらと教えてもらいます。2度ほど来た所なので近くに来たら分かると思っていたのですが、夕方にはお昼に何を食べたかも思い出せなくなる時がある僕です。しっかりと分かりません。またまた近所のおじいさんに尋ねますとばっちり教えてもらいます。喫茶『麻紀』を目印に左折します。ここには何にも他に目印がありません。去年にやっと自動車の駐車場も完備されたようです。でも僕はカブです。園内の駐輪場にカブを置かせてもらいます。

今日、目指すは『ハナショウブ』であります。駐輪場からハナショウブ園までの間にバラ園があります。朝の雨の滴がまだたくさんバラの花びらを濡らしています。太陽の陽射しは全くありませんのでキラキラと滴が輝くことはありませんが、しっとりとした潤いの中にあるバラもまた素敵です。

バラを撮りながらもハナショウブ園へ向かいます。あれれ??? ハナショウブはまったく咲いていません。綺麗な緑です。どうやら大いなる勘違いをしていたようです。見頃はもう少し先のようです。ということで再びバラ園の人となります。ちょいと悲しい憂いを帯びながら写真を撮る僕です。Dsc_0037 Dsc_0036 Dsc_0123 Dsc_0162 Dsc_0139 Dsc_0029

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2008年5月 6日 (火)

城下町 柏原

P1000005_2  

                  176号線。宝塚から篠山を抜け、途中175号と合流し天橋立付近まで太平洋から日本海へ北へ北へと進んでいきます。良く利用する道でありますが途中いつも気になる町がありました『柏原』 いろいろな読み方が考えられます。「かしわばら」「かしわら」「かしはら」・・・ どれも正解ではありませんでした。正解は『かいばら』。これは分かりません。

気になるきっかけになったのは冒頭写真の駅舎でした。なにかメッセージを持った駅舎と思っていました。それが今日解決しました。

駅舎にあった町の観光案内地図を脳裏に焼き付け、まずは『太鼓やぐら』に向かいます。江戸時代中期に立てられた3階建ての櫓(やぐら)です。参勤交代で江戸から藩主が帰藩した時や登城の合図などに打ち鳴らされました。これを聞いた武士たちが一斉に裃を整え登城した訳です。タイムスリップしてその様子を覗き見できたら素敵です。P1000026 P1000019

                   

                     

                  

そして次に向かったのが『木の根橋』。樹齢1,000年を有する大欅(けやき)の根が幅6mの奥村川を跨いで橋を作っています。さすがに車が通れるわけではありませんが、人であれば余裕で渡る事が出来ます(根の保護の為やってはいけませんが)。P1000058 P1000029 P1000042 P1000053

                       

                      

                   

この木の根橋の横に観光案内所があります。バイクを止めて木の根橋に向かおうとすると案内所の中からおばちゃんが飛び出てきてくれて『城下町 柏原道しるべ』という案内地図の載ったパンフレットを手渡してくれます。こんなのが欲しかった僕はおばちゃんに感謝です。おばちゃんとの会話の中で駅舎が1990年に大阪で開催された『花と緑の博覧会』で使われた『山の駅』が移築されたものだと知りました。どうりで駅らしくない駅だった訳です。おばちゃんはバイクを恐縮するほどべた褒めしてくれます。サンキュ~、おばちゃん♪

おばちゃんから陣屋跡と長屋門へ行くようにアドバイスいただきます。バイクだったらすぐとのことで再びバイクに乗り込みます。陣屋跡に行くと内部も観覧可能だけれど資料館で入館券を購入して、とあります。道を挟んだ反対側に白いすくっとした『柏原歴史民族資料館』があります。『田ステ女(でんすてじょ)記念館』を併設しています。

柏原は織田家ゆかりの地であります。慶長3年(1598年)信長の弟である織田信包(のぶかね)を初代藩主として始まり、途中廃絶や国替えなどあった後、明治4年(1871年)の廃藩置県を迎えるまで織田家により治められていました。通りの名前にも大手通や広小路など城下町の名残が窺えます。P1000100 P1000096

                      

                       

                     

資料館では文武両道の教育が行われた藩校の『祟廣館(そうこうかん)』の木額がありました。当時の学問に対する真直ぐな志が伝わってきます。

『田ステ女』 最初、人の名前とも思えず、一体なんなんだろうと思っていました。記念館はそんな情けない僕の為に彼女のことを優しく教えてくれました。寛永10年(1633年)生まれの柏原が生んだ傑出の俳人です。6歳の時に『雪の朝 二の字二の字の 下駄のあと』の句を詠んだと伝えられています。あっ、この詩だったら知っている気がします。松尾芭蕉と同時代を生き、元禄4俳人のひとりとされています。P1000115 P1000089

                    

                  

                    

柏原の町は他にも素敵な建物がたくさんありました。陣屋跡の横の立派な建物を見に行くと『祟広小学校』とありました。あれれ、小学校でした。その後、織田家廟所に行きました。細い路地をDSCで入っていきましたが、Uターンも出来ず50mほどバックして戻りました。明治18年に建てられた旧氷上郡各町村組合立高等小学校校舎(大手会館)も明治洋風建築の素敵を魅せてくれていました。P1000119 P1000126 P1000012 P1000036

                     

                     

                  

柏原の町を後にし、新鐘ヶ坂トンネルの手前で旧道に入ります。春には桜で覆われる鐘ヶ坂公園があります。そこに不動の滝があります。どれ位奥にあるか覗いてみます。すると滝が見えるではありませんか。これだったらへなちょこの僕でもOKです。水量は多くはありませんが人知れず流れる滝にちょっと嬉しい僕でした。P1000146 P1000139

                 

                     

                    

                   

                    

また旧道から少し中へ入っていくと明治のトンネルがあります。明治16年に完成した日本で5番目に作られたトンネルです。入口から10mほどの処には柵があってそれ以上なかへは入っていけません。少しだけ足を踏み入れようと思いましたがちょっと怖いです。後退りするように退散します。P1000147 P1000149

                  

                     

                 

その後道場で176を外れ、大好きな武庫川コースを緑のトンネルに包まれながら進んで行きます。うす紫色の房を垂らしたヤマフジが綺麗です。P1000159 P1000166 P1000179 P1000174 P1000181 P1000185

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2008年5月 4日 (日)

しまなみ海道Ⅲ

【第九章 島々を渡り本州へ】

馬島からエレベーターで再び橋上の人となります。そして四国本土へ上陸です。糸山公園で四国側からの来島海峡大橋を眺めます。う~ん、とっても素敵です。あの橋を渡ってきたわけです。

ここで復路のプラン設計を見直します。当初は時計回りを全島実施して全島周回制覇を目論んでいましたが、平山郁夫美術館に立寄る以外は最短コースを選択することとします。尾道を見る時間を作るためでもありましたが、結局は人だらけの尾道もパスすることとなり、早く帰ることに貢献しただけとなりました。

大三島に戻ると料金所に隣接し、鼻栗瀬戸展望台があったのでちょっと寄り道です。展望台はどこか雑然とした感じがして余り人が立寄らない場所のようでした。虫たちが自由気ままに遊んでいるのが楽しそうでした。P1000336 P1000332

                    

                   

                     

大三島の島内周遊道路である317号線を走っていると不思議な看板に出くわしました。『古城島甘崎城跡 海上100m先』 んん?海上100m先ってなんだ?と云うわけで覗いてみることに。すると海の向こうに小さな島がふたつ並んでいます。その上にお城を築いていたようです。疑問解決。P1000340 P1000339

                     

                    

                    

生口島に戻り、平山郁夫美術館に到着します。でもカブに乗っているのが楽しい。『カブ』対『郁夫』、あっさりとカブの勝利に終わります。美術館の裏手には私寺耕三寺があります。30年近くかけて造られた堂塔を見に多くの観光客が押し寄せていました。入口の極彩色のお堂にイメージしていたお寺と少し違う印象を持ちました。P1000356

                                              

                                           

                                           

向島からは最後はフェリーに乗ってもいいな~、と思い乗船場へ向かいます。小さなフェリーです。フェリーと云うよりも渡船と云った方が正確かもしれません。お客さんは車1台、自転車1台、そしてカブの僕が1台の計3台です。110円が料金です。橋だと10円で渡れるのでここは大盤振る舞いです♪Dsc_0124

                                       

                                     

                                                         

                                         【最終章 夢の終わりに】

尾道に着き、JR尾道駅へ向かいます。尾道の地図をゲットするためです。途中、何軒か尾道ラーメン屋さんを見かけました。人気のあるお店は外まで長い行列が出来ているのですぐに分かります。Dsc_0129

                                            

                                           

                                                                  

夜中に立寄ったロープーウェイ乗り場。あの時は乗り場の前にカブを止めて記念写真を撮ったりしましたが、今は乗る順番を待つ長い行列が出来ています。もうこうなると僕は駄目です。

岡山ブルーラインが君津から備前までワープさせてくれます。ツーリングマップルでは原付90円とありましたが、気付くと備前を出て250号線に乗っていました。どうやら無料化の波がブルーラインにきていたようです。日生(ここは小豆島行きのフェリーが出ている処です。またお世話になる時が近くあると思います)を過ぎ、迷子になります。途中で軽自動車に乗るアベックに道を尋ねます。男性よりも女性の方がしっかりしたアドバイスをくれたりします。男子、頑張れ~。明石海峡大橋が見えてきます。もう橋については大家になった気分です。この辺りから車は動かなくなってきます。でもカブの僕は渋滞で動かぬ車の横をちょこちょことマイペースで進んでいきます。もうカブの独壇場です。大きなハーレーは車の列の中で並んでいなければなりません。申し訳ない、ハーレー&BMWたちよ。カブ、ルンルン♪

ちょっと眠たくもなりましたがブラック&ブラックガム2枚で乗り切りました。カブと一緒の26時間ツーリング、天気も良く素敵な夢の時間でした。Dsc_0112 Dsc_0110 Dsc_0115 Dsc_0116

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しまなみ海道Ⅱ

【第三章 因島へ】

P1000114 向島から因島へ渡ります。橋の名前は因島大橋。料金箱のすぐ近くに記念スタンプがありました。もちろんスタンプをゲット、他の橋も含めて全橋のスタンプを入手しようと思いましたが結局見つかったのはここのみでした。もしスタンプがあるのならもう少し分かり易い場所にして欲しいものです。原付でなく、自転車・歩行者用道路にあるのかもしれません。

基本的に原付は自転車や歩く人と一緒の道です(尾道大橋以外は車とは完全に分離独立しているので安心です)。ただ橋が高いところに架けられていますから自転車や歩く人は急坂だと大変です。また安全上からも自転車などは原付と異なる道が作られている場合が多くありました。コースを長く取り勾配が緩やかな坂としているようです。料金所(というよりも料金箱)は入口か出口、どちらかの一ヶ所にあります。そこでお金をいれます。来島海峡大橋以外は無人です。見ている限り料金を払わないで通る人はいませんでした。そこではセンサーが入口近くに来ると反応し「料金は○○円です」とびっくりする位大きな声でアナウンスされます。また監視カメラもバッチリ整えていることを明確にメッセージとして伝えられます。【今回の道程】にも記しましたが料金は各橋毎に違っていて10円から200円までです。お釣りが出ないので小銭を用意しておく必要があります。尾道ではチケットも用意されているようです。記念にもなるので欲しかったのですが、丑三つ時ゆえ諦めました。P1000106 P1000104 P1000112 P1000109 P1000120 P1000118 P1000124 P1000121

                

                

地蔵鼻という観光スポットがあったのですが暫しその入口で行くか行くまいか悩みました。単に岬スポットと思っていたのですが因島村上水軍に捕えられた娘の霊を供養するため居に彫られた地蔵尊で、女性の願いを叶えてくれるとして多くの女性が訪れるようです。今度行った時は訪れることにします。教訓その1『やらぬ後悔よりやった後悔』

【第四章 生口島へ】

P1000138 因島から生口島へ、生口橋を渡ります。生口島は日本画の大家である平山郁夫氏の生誕地で、『平山郁夫美術館』があります。シルクロードの幻想的な風景が脳裏に浮かびます。海に囲まれて育った平山氏の生い立ちや少年時代の絵画が見られるとあったので行く前に行ってみたい唯一の観光スポットに上げていました。ただ、場所が時計回りに回っている僕と逆である西側にあったので復路に寄ろうと思います。P1000150 P1000145 P1000159 P1000162 P1000165

                      

                     

                    

【第五章 大三島へ】

P1000189_2 生口橋から大三島へ多々羅大橋を渡ります。すくっと天に伸び上がるその姿は凛としていつつも優しい姿をしています。僕一押しの橋梁です。

大三島はしまなみ海道の諸島の中で最大の広さを誇る島です。日本の総鎮守と呼ばれる全国に1万1千社余りの分社を有する『大山祇神社』があります。境内には樹齢2600年の楠があります。でもこの神社も西側に位置しています。結局復路も東側の最短路を選択したため行けませんでした。

多々羅大橋の袂には道の駅『多々羅しまなみ公園』があります。イザと云う時にはキャンプの候補地として最有力候補であります。トイレの場所とテントを張ることの出来る場所を物色します。P1000200 P1000175 P1000194 P1000182

                                

                        

                      

                      

                    

                                                    

【第六章 伯方島へ】

P1000207 大三島から伯方島へ大三島橋を渡っていきます。伯方島は伯方の塩のご当地であります。しまなみの島々はどこも海が近くにあって人々の生活は海で成り立っています。橋が渡っていない島も多く点在しておりそこは渡船が今も活躍しています。ここでこのツーで3回目の給油をしました。お値段は最高値の169円です。島の中とは云え、内地での最高値が157円でしたからダントツの一位です。

島の南には約300mしかない水道があって瀬戸内海の干満と相まって激しい潮流を見せるとあります。今日の海は本当に穏やかでその様な怖い一面を持っているそぶりも見せません。昔の木造船等はその潮流の力で折れてしまう程だったことで『船折瀬戸(ふなおりせと)』とその場所は名付けられています。P1000206 P1000212 P1000225 P1000223

                   

                    

                    

【第七章 大島へ】

P1000242 伯方島から大島へ伯方・大島大橋を渡ります。僕の持っているツーリングマップルにはこの橋の名前に伯方の文字はありません。でも今の名前はこうなっているようです。伯方の島の人たちが自分たちの名前が付いていないことに抗議して橋の名前を変えさせた、のではないかと自分勝手な空想をしています。

この島には南北朝から戦国時代にかけて瀬戸内海を支配していた村上水軍の博物館があります。そのまんまの名前の『村上水軍博物館』です。要塞の様に威圧的な建物です。入場料は200円ですが、2階常設展示室やその他の施設への入場は無料です。僕は前で記念写真だけ、はいパチリ。

そして楽しみにしていた亀老山(きろうさん)展望公園へ向かいます。標高308mから来島海峡を一望します。そこには世界初の三連吊り橋である来島海峡大橋があります。今日はモヤが薄く掛かっていてボンヤリとしか見ることが出来ませんでしたが、十分に素敵な姿です。瀬戸内の海を夕陽が照らす時間に来ればまた違う表情を見せてくれるのでしょう。P1000233 P1000227 P1000248 P1000240 P1000254 P1000249

                   

                  

                    

【第八章 四国今治へ】

P1000323 大島から愛媛県は今治へ来島海峡大橋を渡ります。しまなみ海道を結ぶ最後の橋に相応しい立派な姿を魅せてくれています。この橋以外はいずれの橋もその全容を橋の上からも確認することが出来たのですが、全長4,105mを有する来島海峡大橋ではそれは困難です。

この橋を支える橋脚のしたに『馬島』があります。来島海峡の真ん中ほどです。そこにはバイクごとエレベーターで降りていくことが出来ます。4階がバイク専用道、3階が自転車・歩行者道、2階が無くて、1階が島内となっています。もちろんチャレンジです。島内はカブですとあっという間に周れてしまいます。小さな子どもがおばあちゃんの畑仕事を手伝っていました。『みはらし』という民宿がありました。P1000282 P1000270 P1000307 P1000311 P1000295 P1000312

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しまなみ海道Ⅰ

Dsc_0101 島から島へと渡っていくのよ 幼い弟 行くなと泣いた。。。 瀬戸内海に浮かぶ島々を昔は船でしか行き交うことが出来ませんでしたが、今はその島々に橋が架けられ車で気軽に行くことが出来ようになりました。でも今回のツーリングは車でもDSCでもありません。相棒は『カブ』様です。理由はただひとつ、しまなみ海道を渡るのに車(普通車)だと4,700円、DSCだと3,800円(いずれも片道)掛かるのですが、カブですと510円というバーゲンセール的お値段だったからです。ただこのお値段、理由がありまして島ごとに降りていかなければなりません。でも島々を巡るのが目的である僕としては願ったり叶ったりであります。カブが居る夜のガレージのシャッターを上げると夢の世界の開幕です。

【今回の道程】 西宮→2号線→神戸→明石→(姫路に着く前に迷子)→250号線→室津→相生→播州赤穂→日生→備前→2号線→岡山→倉敷→福山→尾道千光寺公園尾道大橋(通行料10円、以下同)向島(むかいじま)因島大橋(50円)因島(いんのしま)生口橋(50円)生口島(いくちじま)多々羅大橋(100円)大三島(おおみしま)大三島橋(50円)伯方島(はかたじま)船折瀬戸伯方・大島大橋((50円)大島(おおしま)→村上水軍博物館→亀老山展望公園来島海峡大橋(200円)馬島(エレベーター)→今治→糸山公園→ここから帰路:島々は基本的に逆順、変更点のみ記す→(大三島)鼻栗瀬戸展望台→(大三島)古城甘崎城跡→(生口島)耕三寺・平山郁夫美術館(ともに乗車?観光)→(向島)フェリー(110円)→尾道→2号線→君津→岡山ブルーライン(無料?)→備前→250号線→日生→(また迷子、明石高砂線?)→250号線→明石→神戸→西宮

総走行距離:709km 夢の中の滞在時間:26時間

ガソリン:補給回数6回、計11.82L、総費用1,848円、平均単価156円(最安値151円、最高値169円) 追記:5月6日に満タン補給し1.76L(150円@、264円)入りました。よって満タン給油法により燃費は52.2km/Lとなりました。フルスロットルで走った割にはまずまずの燃費でした。

【第一章 尾道】

Dsc_0001 春になって花たちに出逢いに行く機会が多くなりました。花を観る為にバイクを乗っていますが、バイクを手に入れた最初の頃のあの『ドキドキ』した感じを失っていました。バイクに乗って知らない処へ行く。自分の好きなことをしたいようにする。我儘を満喫します。今回は海に浮かぶ島々を橋が結ぶ素敵な舞台でバイク三昧をしてきました。

尾道はしまなみ海道のスタート地点です。この町の名前を聞くだけでなぜかほんわかとした気持ちとなります。この町で本当は2泊位してゆっくりと瀬戸内海に浮かぶ島々をまわり、尾道の坂や路地を歩いてのんびりと過ごしたいと考えていました。でもなんやかんやあって4連休初日は動くことが出来ず、ネットで予約しようとすれどどこも満室でどうしようもありません。男ひとり、なるようになります。カブの荷台にテントとシュラフを括りつけ出発です。

片道約350km、カブで行くと平均時速35kmとしても10時間掛かる計算です。3日土曜日の20時過ぎに出発し日の出と共に到着する予定でした。が、実際に尾道に着いたのは真夜中も真夜中、3時半頃でした。昔であれば丁度丑三つ時であります。この丑三つ時に尾道の寺々を周っている僕は相当に変な人です。

まずは尾道の駅で尾道の地図をゲットしようとします。が丑三つ時の駅は鍵がしまって入ることが出来ません。仕方ありません。地図の無い旅の始まりです。

街の中は狭い路地や行き止まりの坂などが多く、尾道らしさを丑三つ時に体験中の僕がいます。カブですから気軽に路を入っていけますが、大きいバイクであれば絶対に躊躇する場面です。坂も半端な坂でなく、カブの一速でもヒーヒー悲鳴を上げるほどの急坂です。お寺が多い街です。大変のお寺が多くの急な階段を装備しています。ここ尾道は戦禍を免れたため古くからのお寺がそのままに残っています。P1000030 P1000026 P1000053 P1000035 P1000070 P1000055

                

                  

                       

ロープーウェイ入口に到着します。当然誰も居ません。そこにある付近の地図看板で自分の位置を確認します。そこで分かった千光寺公園へのアクセス。少し遠回りですが夜の尾道をどうしても俯瞰したいと思います。山頂には展望台のほかに尾道市立美術館(安藤忠雄氏設計)や千光寺があります。でもいまは当然ながら開いていません。藤棚に藤の花が綺麗に咲いていました。夜の街が素敵です。尾道大橋の灯りや街の灯が海に浮かんで瞬いています。荷物にならないようにと安かろ悪かろの三脚を持参しましたが、早速、後悔の嵐の中にいます。位置がピタッと決まらないばかりでなく、カメラの装着具合もおかしいのです。小さくて持ち運びのし易い軽い三脚を宝くじが当ったら買おうと思います。この日、D70とFX01を持参しましたが、一眼136枚、コンデジ356枚と殆どコンデジでありました。しかも一眼136枚のうち80枚は日の出の写真です。この旅ではバイクに乗ることを純粋に楽しんでいたことが分かります。

【第二章 向島へ】

P1000076 尾道の探訪(といっても誰もいない真っ暗な路や坂、そしてお寺などを闇雲に周っただけ)も一段落した?ので、最初の島『向島』へ渡るべく尾道大橋へ向かいます。尾道の街に入る前に通ってきて入口は確認済みです。迷うことはありません。大きな看板に原付10円の文字を確認し、財布から5円玉2枚を取り出しポケットの中にしまいます。希望を胸に、小銭をポケットにした僕は橋へのアプローチの道をカブと共に上っていきます。料金所が見えてきます。が料金所にいるおじさんが手で「行って行って」と合図を送ってきます。??? お金はどうしたらいいの? でも行って行って攻撃には素直に従わざるを得ません。結局10円は未払いのまま通過します。反対側から来た暴走族仕様の車からはきちんと料金を回収していたようです。しまなみ海道七不思議のひとつです(ってこれしかありませんが)。P1000077 P1000072

                    

                    

 尾道大橋は自転車も走れるのですが写真のとおり車と一緒の道の為、なるべくフェリーで渡るようにとありました。渡し船もまた趣があって素敵なので復路では僕も利用しました(110円)。

島々の中は時計回りに海沿いに走ることにしました。帰路も同じようにすればどの島も一周したことになります(ただし、帰路時計回りに回ったのは平山郁夫美術館に寄る為の生口島だけでした・・・ でも往路は全島この時計回りを実施しました)。

尾道のコンビニで買ったおにぎりが本日の朝食です。海を目の前に堤防の上におにぎりが並びます。5時半、海の向こうに浮かぶ島の上から朝日が昇ります。海面がキラキラと輝きます。その中を漁に向かう船がエンジンの音を響かせながら走っていきます。贅沢な朝食の舞台です。Dsc_0070 Dsc_0075 Dsc_0051 Dsc_0026

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少女の瞳

P1000318 少女の瞳には何が映っていたのだろうか。人生を振り返るにはもう少し年齢を重ねなければならない。楽しいばかりの思い出だけではきっとないだろう。でも振り返る自分が居ることは辛いことも乗り越えてきたわけだ。

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素敵のはじまり~プロローグ~

                                                                    P1000049

                    カブ一台がようやく通れるような細い路地を進んでいくと外灯の灯りが三差路が作ったすこし広い空間を照らしていました。時間の落とし穴に入っていく瞬間です。

Dsc_0063 P1000092 朝、太陽が昇る瞬間を待ちます。贅沢な時間です。山の稜線が輝きを強くしたと思ったら太陽が少し恥ずかしがるように顔を覗かせます。でもその後は力強くぐんぐんとあっという間に空の中の主人公になっていきます。

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2008年5月 3日 (土)

GW た・く・ら・み 

P1000020 カテゴリー【カブ】 頭の中は○○○○○○で一杯♪

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