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2010年5月29日 (土)

小ネタ3品 

回遊魚ならぬ回遊人の僕にとって、晴れの土日に家にジッとしていることは人間を止めていることに等しいものがあります。でも昨日からあっちもこっちも駄目な状態が続き、さすがに大人しくしていなければなりませんでした。仕方無しに家にいるとこんなネタたちに出会いました。

ひとつ。

僕はピザが好きです。その中でもドミノのピザがお気に入り。時々浮気しますが、やっぱりドミノが良かった、と思ってしまいます。25%引、とか1,000円割引とか今までありましたが今回は50%引の大盤振る舞い。しかも簡単にその割引が享受できるのです。

ドミノオンラインに登録しているとこんなメールが届きました。

大変、ご好評をいただいている『感謝祭』も残すところあとわずかとなりました♪
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ふたつ。

ミルキーはママの味。虫歯の詰め物がミルキーと一緒に取れた人は僕と同じ世代の人です。銀色の詰め物がポコッと音を立てるように見事に外れます。ミルキーの力は偉大なのです。そのミルキーに伝説があります。ミルキーの包み紙。ペコちゃんの顔が一つも欠けることなく10個あったら良いことがあります。また『milky』の文字が『happy』となっていれば凄く良いことがあります。具合の悪い僕ですがペコちゃんから10個の笑顔のプレゼントがありました。左が幸運のペコちゃん包装紙、右が普通のペコちゃん包装紙。

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みっつ。

テレビは殆ど見ない僕ですが、寝ていても辛く、キッチンでボーっとTVを見ていると関西学院大学の教授先生が黒く書かれている看板の文字を見て「これは赤」「これは黄色」と訳の分からないことを言っています。文字に色を感じているのです。『共感覚』という不思議な世界でした。まだまだ知らないことがこの世の中には沢山あります。

『ブーバ』と『キキ』という有名な実験があるそうです。ふたつの図形を見てもらい、それぞれにこの『ブーバ』と『キキ』という名前を付けて貰います。その結果、老若男女の被験者30名全てが同じ答えを出したそうです。答えを敢えて書きませんが周りの人に聞いてみてください。あなたと同じ答えだったでしょうか? これが音と形、聴覚と視覚の共感覚というものだそうです。う~ん、なるほど。丸みのある味、これなどもそのひとつです。

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2010年5月22日 (土)

滝見小路 

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スカイビルの地下に、昭和レトロの世界があります。名付けて『滝見小路』。そこにはどこかほっとする時間が流れています。

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ALOHA SUMMER FESTIVAL IN OSAKA 2010 

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5月21日(金)から23日(日)までの3日間、梅田スカイビル・ワンダースクエアにて関西最大規模のハワイアンイベントが開催されています。巨大ステージでの次々に繰り広げられるフラショー。今日(22日)は38組のグループが日頃の成果を披露してくれます。それにしてもフラの大人気には驚かされました。会場は人人人で埋め尽くされていました。人混みに滅法弱い僕にはちょっと辛いものでした。

夜のフラがとっても綺麗(22日と23日は10時から21時まで)と聞いていたので楽しみにしていたのですが途中退場となってしまいました。残念。。

明日は雨の予想です。パンフレットには雨天決行とあります。踊り子さん達のためにもなんとかお天道様に頑張って欲しいものです。

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2010年5月16日 (日)

ナチュラルライブ

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AWAYA

http://homepage.mac.com/yuran/awaya/profile.html

とっても不思議な感覚の中にいました。お2人は熊野古道近くの山里に暮らしているそうです。その音の中に漂っていると『まほろば』と『癒し(ヒーリング)』という二つの言葉が頭の中に浮かんできました。でも普通の音楽を予想していると大分違うかもしれません。実際、演奏の途中で退席する人もいました。でも僕にはこの上なく素敵で贅沢な時間に感じました。

東屋のような小さな日本家屋での演奏。観客は十数名で一杯です。熊野の地で実際に集められた自然の音。今の子供達はきっと知らないであろう蝉時雨や虫の音。そこに自然の風景が映像として映し出されます。

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箕面の森の音楽会 

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龍安寺前広場で行われた『箕面の森の音楽会』 素敵なアーティストさん達が5月の青空の下、素敵な歌声を聴かせてくれました。

プレゼンスオブマインド(通称:POM、ポム)

http://blog.presenceofmind.jp/

しっとりとした優しい歌声がとても印象的でした。

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今泉ひとみ

http://hitomi-imaizumi.syncl.jp/

本日の僕のNo1でした。ブログとのギャップに少し驚きました。(冒頭写真は今泉さんです)

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石田浩正

http://quena.natsu.gs/main.html

ケーナでの演歌、これがまた素敵でした。

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あまゆーず

http://blog.livedoor.jp/amayuzu7/

六甲テラスで初めてお会いしたユニット、確か当時は「あまゆず」だったと記憶しています。メジャーへの階段を一歩ずつ上っています。透き通った歌声は益々輝きを増していました。

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みのお・瀧道 四季のまつり 2010 

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箕面の瀧道には川床が敷かれているらしい。川床といえば京都が有名ですが箕面にそれが出来れば気軽に利用できそうです。

http://www.m-waiwai.com/shiki_event/shikimatsuri.htm

その箕面で音楽祭が開かれます。小さなカフェや茶店、広場や東屋などでとても身近に音楽を感じることが出来る手作りの祭典です。

171の牧落(まきおち)から箕面駅までは車の大渋滞が続いていました。でも僕はカブなのでその横をスーッとパスしていきます。でも参道入り口からは日曜祝日は昼の間、車両の通行禁止となっています。そこで仕方なくカブから下りてエンジンを切って押して参道途中にある駐輪場を目指します。ゆっくりとした上り道ですがこれが結構しんどいです。駐輪場の係りの方から日曜日の抜け道を教えて貰いました。これでこれからは駐輪場まで星飛雄馬的身体鍛錬をせずにアクセス可能となりました。

早速広場に向かいます。といっても今日のお供はコンデジのFX01のみです。景色を撮るには十分ですが、日向の下でアーティストさん達を撮るにはファインダーがないコンデジではその表情の変化が分からずに随分と苦労しました。というよりも分からぬままシャッターを切らざるを得ず一眼の必要性を強く感じた一日となりました。

帰路、瀧道に一頭の大きなサルがいました。ジッとしていたかと思うと急にアベックの男の方が持っていたペットボトルを奪いに猛ダッシュ。あっけなくボトルをゲットし上手に蓋を開けて中身を道路に出して舐めています。箕面ではサルに餌をやると罰せられる条例が出来たそうです。サルは条例を知らず今まで餌をくれていた人間が急につれなくなったので凶暴化しているそうです。

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陸上自衛隊千僧駐屯地 第3師団 

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5月の中旬が見頃を迎える筈の葛城高原のつつじも14日時点でまだ咲き始めとの情報です。ロープーウェイの混雑は尋常でないと聞きます。でも見てみたい。気持ちが揺れているのが分かります。でも咲き始めとのことで今週末は取り敢えず心穏やかに過ごすことが出来ます。

箕面で音楽祭をやっていると知り、カブと行くことにしました。ところが伊丹の駐屯地の前を通るといつもと違う雰囲気。たくさんの人が出入りしています。 『一般の人も入れるのですか?』とお聞きするとOKとの由。カブとそろりと入っていきます。

後で頂戴したリーフレットを見ると『第3師団創立49周年 千僧駐屯地創設59周年 記念行事』とありました。50周年や60周年なら分かりますがちょっと中途半端な気がしないでもありません。

http://www.mod.go.jp/gsdf/mae/3d/

駐輪場にカブを置いて、早速マイクで拡声された声が響く方へと向かいます。171を挟んで歩道橋で渡った先では丁度「観閲式」をやっているところでした。人が一杯で直接見ることは出来ませんでしたが、議員先生たちの勇ましい発言が響いていました。

食堂で昼食と頂きます。ランチはラーメンと焼き飯のセットです。ラーメンには今では滅多に見ることのなくなったナルトが入っていました。足湯のところで中を覗いていると、生涯初めて女性自衛官と会話してしまいました。『どうぞ入っていかれてください』 野外売店では女性自衛官のフィギアも売られていました。

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2010年5月15日 (土)

アンネのバラの教会 

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アンネのバラの教会がまたテレビで取り上げられていました。何度か行った素敵な場所ですがまだ教会の中へ入ったことがありません。5月11日から16日までは教会の一部に設けられた資料館が一般公開されるというので家に帰る前に寄って来ました。(頂戴したパンフレットには毎土曜日13時から17時まで資料館は一般公開されていると記載がありました)

http://www.annesrosechurch.com/

交通整理の方が大勢いらして教会の人気振りが分かります。教会の上の方(教会は坂の途中に建っています)にバイクを止めます。教会内部に入ると階段に沿った壁にアンネの写真が飾られています。アンネは15歳の短い生涯でしたが人々はその名前を永久に記憶に刻み込んでいます。

資料館にはアンネの遺品であるスプーンや靴べら、切手入れなどがアンネの父であるフランク氏から寄贈されています。アンネはガス室のない収容所で最期を向かえます。1万人収容の施設に当時6万人ものユダヤ人が収容され、飢えと病気により帰らぬ人となりました。声高に戦争反対を唱えるも良しですが、そっと平和を祈る強さを信じたいと思います。

庭に出て写真を撮っていると白いバラの花の名前を教えて下さいます。『プレイ(祈り)』という名前だそうです。黄金色に染まるアンネのバラとともに庭園を素敵に飾っています。

ご婦人達のグループの中に、携帯ではなかなか良い写真が撮れない、と嘆かれていた方がいらっしゃいました。その方は、デジ一を購入されたのに使いこなせずにいるらしい。最近のカメラは押せば撮れる事、そして一本マクロレンズを揃えられることをお勧めしました。下駄を履いて走るよりジョギングシューズを履いた方が走り易いのと同様、コンデジよりデジ一の方が思った写真が撮り易いと思っています。

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ヨーデルの世界 

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六甲山でスイスフェアが開催中です。今日は六甲ガーデンテラスで日本のヨーデル歌手第一人者『北川桜さん』がその素敵な歌声を聴かせてくれます。

ユールレイッヒ♪ スイスの広い牧場に響き渡る軽快な歌声。今日は桜さんの歌声と神戸の街と海を背景に暫し異国の世界に漂います

http://www.h6.dion.ne.jp/~edlweiss/sakura/

途中、桜さんが花を取り出しひとつはご自分の髪に、そしてもうひとつは僕にポーンと投げてくれました。花のプレゼントに嬉し恥ずかしの僕でした。

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5月の森 ~神戸市立森林植物園~ 

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ハンカチの木(緑の葉と区別が付き難いですが白い大きなハンカチのような花が分かりますか?)

今日と明日は『神戸まつり』が開催されています。きっと三宮の会場は多くの人で賑わっていることでしょう。でも人混みが苦手な僕は『5月の森』に行ってきました。

その日の森林植物園の見どころは森林展示館に置いてある『森からのたより』で知ることができます。そこにはフジやシャクナゲなどに混じって『ハンカチノキ』がありました。こんな花があることは全く知りませんでした。白いハンカチを木の枝からぶら下げたようなちょっと不思議な花でした。

香りの道を本当にゆっくりと歩いてきました。フジの花がとても素敵でした。藤棚に咲く人の手に掛かった花も良いですが、やはり自然のそれは心を打ちます。

緑が素敵な5月の森にたくさんの元気を貰ってきました。

実は昨日、D90を緊急入院させました。18-70とともにニコンの大阪サービスセンターで10日間位で退院予定です。同時に28-300もタムロン大阪営業所修理品受付窓口で2週間位の検診を受けてくる予定です。ですので今日のお供は懐かしのD70と単焦点5014(ニコン)と9028(タムロンマクロ)です。そしてお腰に着けたFX01。

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2010年5月 9日 (日)

白毫寺 ~九尺ふじまつり~ 

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丹波の地に素晴らしい藤が咲いていると知り、DSCで行ってきました。丹波は日本海から京都や奈良、大阪へと繋がる交通の要所として昔は大いに栄え、古い寺院が多くあります。その丹波古刹十五ヶ寺霊場のひとつに天台宗五大山『白毫寺(びゃくごうじ)』があります。太鼓橋でも有名な白毫寺さんですが、5月の季節には多くの人がこのお寺に足を運びます。そのお目当ては120mにも及ぶ藤棚を埋め尽くす紫の九尺藤です。

僕が行った時間帯には駐車場へスッと入ることができましたが、帰りには駐車場空き待ちのとんでもなく長い車の列が出来ていました。バイクなら問題ないですが車の方は注意が必要です。

参拝志納金として300円を払って中へ入っていきます。その際頂戴する入山券は5月中であれば何度でも使えるそうです。ご本堂を通り過ぎ、その先の広場に圧巻の藤棚が鎮座しています。

この日は調子の悪いD90(レンズ側)に替わりFX01がお供です。Lの字型の藤棚は広場の2辺に沿って作られています。その下に立つと藤の香りに優しく包まれます。小高い斜面に登り、上から俯瞰するように見るとまた素敵です。大きなクマバチが飛び回っていました。近くの人がお連れさんに「クマバチは蜂蜜が好物で熊のプーさんと同じ。肉食系のスズメバチは怖いけど、クマバチは怖くない」と言っていました。でも森の中で熊にあったら怖い僕はクマバチも怖くありました。

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帰り道、『中央分水界と石生の水分れ』に立ち寄ります。ここは日本一低い分水嶺(標高94.45m)として有名な場所です。下右側の看板を撮った僕が立つ場所の前方(北側)の雨水は由良川を流れて日本海へ、後ろ(南側)の雨水は高谷川から加古川へ、そして瀬戸内海へと流れていきます。

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2010年5月 8日 (土)

泉谷しげる 

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今宵のメインステージのラストはあの『泉谷しげる』さんです。ここには書けないような事を期待に応えて一杯してくれました。破壊者たる泉谷さんの面目躍如です。でも温かく優しい人柄も垣間見えていました。『アンコールは客に応えてやるんじゃないんだ。お前ら、アンコールの怖さをしらねぇな~』 ステージはいきなり演奏を止めたり、水がばら撒かれたり、そのハチャメチャ振りにもう嬉しくて堪りません。いいぞ~、最後にはすっかり泉谷ファンになっていました。

大物タレントさんは殆ど写真NGですがこの日の泉谷さんはNP(ノープロブレム)です。そのため写メの嵐でした。最後には舞台の人たち全員が泉谷さんの号令(命令?)によって観客席に向かってポーズを決めてくれていました。僕は椅子席の後ろ、立ち席前から3番目のポジションでその記念写真は撮ることが出来ませんでした。残念。

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神戸新開地音楽祭 

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本日と明日の両日、新開地で『第10回 神戸新開地音楽祭』が行われます。

泉谷しげる

【本日の巡り会い】 ときめき倶楽部鬼塚太鼓(BIGMANステージ)→リズム施隊桶レンジャー(同前)→ぷちこ(KAVC横)→激団モンゴイカ((Round1横)→Coup de Coeur(公園ステージ)→CUTE☆CREW(同前)→休憩→aricoma(KAVC横)→GOSPEL CHOIR(同前)→明香音(同前)→美ら美ら(同前)→Musica De Kukuru(同前)→鼓紘派(同前)→すろーらいだーず(メインステージ)→詩桃(同前)→泉谷しげる(同前)

『東の浅草、西の新開地』と喩えられ多くの人で賑わっていた昭和の始め。その賑わいも時代とともに移り変わり元気の無くなった街に、歌が元気を再び連れて来てくれました。

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年々出場も厳しくなっているそうです。一昨年は200人、去年は300人、今年は400人もの応募があった中から選ばれしアーティストさん達です。僕のお気に入りの観覧場所はKAVC(神戸アートビレッジセンター)横のステージです。椅子席もあってゆっくりと演奏者の皆さんと向かい合うことが出来るからです。他のステージにも椅子はあるのですがそこの雰囲気が好きなんです。15時からは最後までKAVC横に居る事になりました。勿論素敵な演奏者さん達が惹きつけてくれたからです。

休憩してから新開地の商店街を南へ歩いていると素敵な歌声が聴こえてきます。思わず早足になっています。そこでステージを飾っていたのは「aricoma」さんでした。女の子2人組み、歌とキーボードです。パワフルな歌唱力で素敵な世界に誘ってくれます。

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明日香さん。去年はなんと外で歌われるのは初めてだったと今日、司会の方が明かしていました。そしてMCも緊張の余り言葉が出なかったことも。でも今日はひとつお姉さんになってしっかりお話されていました。優しい歌声は会場をほんわか和やかな気持ちにさせてくれました。お母様もちょっぴり安心されたと思います。

そして今日のKAVCの白眉は「美ら美ら」さんです。司会の方も4年間やられている中で舞台と客席がこんなにも渾然一体となったのは初めてと言われてました。僕も最前列で聴いていたのですが5.1chサラウンドの中にいるような不思議な感覚でした。沖縄の歌はどうしてこうも人の心を鷲掴みにするのでしょう。

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2010年5月 5日 (水)

平城遷都1300年祭

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『平城遷都1300年祭』へカブと行ってきました。西宮から2号線、梅田経由で8号線、阪奈道路を通って会場のある西大寺へとアクセスしたのですが、連休最後の日でもあり大渋滞を予想していたにも拘らず、いつもの休みと比し車は6から7割程度と道路は気持ちよく走れる状況でした。特に奈良は市内に入る道が常に渋滞するのですがこの日はそれも無し。きっとGWで皆さんお疲れ気味で最後の日くらいは家でゆっくりとしたいとする人が多かったのかもしれません。

会期は4月24日から11月7日まで。うち各季フェア期間として春季【花と緑のフェア】4月24日~5月9日(16日間)、夏季【光と灯りのフェア】8月20日~8月27日(8日間)、秋季【平城京フェア】10月9日~11月7日(30日間)があります。

最寄り駅の西大寺(近鉄奈良線)からは徒歩で10分です。また各季中は郊外に3つの駐車場を用意していてパーク&バスライドを推奨されています。でも僕はカブなので誘導員さんに従い朱雀大路の横から駐輪場へと入らせて貰います。でも駐輪場の看板には50cc以上は乗用車の駐車場へ止めるように書かれていました。大目に見て貰っているのかな?他にも明らかに大型と分かるスクーターなどが止めてありました。

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【平城京と平城宮】 和銅3年(710)、飛鳥に近い藤原京(奈良県橿原市)から奈良盆地の北端に新しくつくられた平城京に都が移されました。唐の長安をモデルにして設計され、南北約5km、東西約6km、都の中央北端には政治の中心となる「平城宮」が造られました。平城宮は約1km四方の広さで、大極殿や朝堂院などの宮殿のほか、天皇の住まいである内裏があり、周囲には国の役所が立ち並んでいました。(以上「平城宮跡ガイド」より抜粋)

朱雀門と大極殿の間には近鉄奈良線が通っています。奈良市内にこれだけ大きな敷地を開発の波に任せず守ってきたことに嬉しさを感じます。遷都1300年祭ということでお祭りやイベントをついつい期待してしまいますが、本当は広大な芝の原っぱの上にぼんやりと座って風と空気と匂いを感じることが一番なのかもしれません

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平城宮の跡を歩いていると天平衣装を着られている方々と出会います。これは南門広場で衣装の貸出をしていて、ひと時の時間、平城京の貴族になり切られているようです。(300円、時期と時間に制限あり) レストランやフードコートもありますが、こちらに来るときには芝の上で大きな白いおにぎりを頬張りたいものです。

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2010年5月 4日 (火)

ラーメンとバラの日々 

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今日はギリギリまで四国にうどんを食べに行くか行くまいか、ハムレットのように悩んでいました。悩みの素は言うまでも無くGWの大渋滞です。先日の佐田岬からの帰り道、大渋滞に遭遇し再びその中に飛び込む勇気がありませんでした。そして出した結論はうどんの代わりにラーメンを食べに行くことでした。

行き先は西宮北口に出来た『一風堂』さんです。先日もチャレンジしましたが店の外に伸びた行列に退散した経緯があります。今日はそのリベンジでもあります。11時オープン。その15分後に着きましたがなんともう行列が出来ています。この大人気はきっと美味しさの裏打ちがあるからに違いない、そう思い列に加わります。

どうやら開店同時入店組みが出てくるタイミングと重なったようで10分ほど待つと店の中に入るように言われます。すでに外で並んでいるときに注文を取ってくれているので座ると間もなくラーメンが届けられます。今日の注文品は『赤丸かさね味』です。一風堂さんの看板商品です。どんぶりが赤色なので誰がこの品を食べているのか一目瞭然です。白丸元味がその次に続きます。こちらは白色のどんぶりです。周りを見渡すと8対2位の割合で赤の圧勝のようです。

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お値段850円は宮っ子600円に比べ圧倒的に高いのが珠に瑕ですがお味は『美味しい』でした。この日はサイドメニューの餃子も試さなければならず(?)大盤振る舞いです。もやしの添え物がとっても美味しくありました。

ダイエーで買い物をした後、腹ごなしの為もあり、荒牧バラ公園までカブと行ってきました。ただ、残念ながらバラはまだ咲いていない状況でした。地下ホールが開館されるのが5月15日から6月13日までです。きっとそれがバラの開花と同時期になっているのだと思います。僕はまだまだ早過ぎたようです。そんな僕を憐れんでか大フライングしてしまったバラ達(とっても少ないですが)が素敵な姿を魅せてくれました。

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2010年5月 3日 (月)

北山緑化植物園 

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朝露で濡れたテントを乾かします。 とても良い天気です。庭のアロエに被せてあったビニールシートも取り外します。そして木質化してしまったアロエの移植に取り掛かりました。まずは根っこの周りの土を熊手で掘り起こします。根が深く広く張っていることが分かります。素手でやっていましたら右手人差し指の第二関節手のひら側の皮がベロッと剥けてしまいました。痛い。慌てて手を洗い、コーナンで買っていた軍手をします。これでもう大丈夫です。20分程周りを掘り返し木質化した木の枝を左右に振るとようやく巨大アロエがグラグラしてくれます。そうしてなんとか抜き取ることに成功します。そこへ小分けしていた若いアロエを移植しました。

これで今日のエネルギーの大半を費やしてしまった僕は、予定していた『奈良遷都1300年祭』へ行くことが出来なくなっていました。そこで近場の北山緑化植物園へと行くことにしました。

植物園の駐車場は沢山の車で満車状態です。でもカブの僕はバス停横の駐輪場にヒョイッと止めます。カブの底力の発揮です。素晴らしい天気に芝生広場では多くの人が思い思いに素敵な休日を楽しんでいました。

僕は地べたに這いながら花を撮っていました。すると20代後半の兄さんが『タム9ですか?』と話しかけてこられます。最初、分からなかったのですが、タムロンの90mmマクロを言っていると理解し会話が始まりました。兄さんは1年半前にデジ一デビュー(D200)し、今マクロレンズを欲しいと思ってタムロンか、シグマかで悩んでいるとのことでした。悩んでいるときが楽しい時です。

今日は28-300が調子悪いこともあってすべて『タム9』で撮ってみました。広場中央のモニュメントの像が黒く汚くなっていましたが、どうやら少し小振りになりましたが新しい女の子の像に替わったようでした。

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2010年5月 2日 (日)

マイントピア別子 

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【本日のコース】 自然の家「プリーズハウス」→255→須賀公園→197→八幡浜→大洲IC→松山自動車道→新居浜IC→47→11→47→別子銅山記念館→マイントピア別子・端出場(はでば)→47→別子銅山跡→マイントピア別子・東平(とうなる)ゾーン→新居浜IC→松山自動車道→川之江JCT→高松自動車道→大鳴門橋→神戸淡路鳴門自動車道→淡路SA→明石海峡大橋→山陽自動車道→三木JCT→中国自動車道→宝塚IC→西宮

朝6時、テントの中で目を覚まします。鳥の声が天井から降り注いできます。小さな幸せの瞬間です。その後釣り人が車で来た様で賑やかな声がしたかと思うと、村内アナウンスと思われるスピーカーから元気な朝の音楽が流れてきます。とてつもなく大きな音量です。朝露に濡れたテントを畳み、出発です。

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海岸線に沿って走る255号を時速30km程でゆっくりと走っていきます。海がキラキラと輝いています。至福の時間の中にいることを実感します

長崎の軍艦島、岡山の犬島などの産業遺産が今ブームとなっています。四国にも東洋のマチュピチュと云われる『別子銅山跡』があります。阪急トラピクスから送られてくる小冊子にその素敵な姿を発見し、これは是非行きたいと思いました。佐田岬を後にして、四国カルストや土佐・龍馬であい博を開催中の高知なども候補に上がりましたが、帰路のアクセスを考慮し別子を選びました。

人の営みや生活の後が残る場所、それが産業遺産の特徴です。自然遺産は地球が創り上げたものですが、産業遺産は人間自身が作ったものです。以前、人が居て人が触っていたものがそこにあります。

新居浜ICを降り、まずは別子銅山記念館(入館料・駐車料ともに無料)に寄ります。そこで別子銅山の歴史を勉強です。1690(元禄3)年に鉱脈が発見され翌年から住友によって採掘が開始されたのが始まりです。海抜約1,200mの地帯から斜めに深く長く鉱床が続き、江戸、明治、大正、昭和と掘り続けられ、地中約1,000m掘り進んだところで地圧の増大と地熱の上昇から1973(昭和48)年閉山しました。そこには沢山の工夫の家族達が生活しており、記念館に展示してあった写真からは当時の活気が伝わってきました。記念館では写真はNGでした。でもあとで寄る東平歴史資料館で同じ写真が展示されていたのでそちらで撮らせて貰いました。

マイントピア別子・端出場は道の駅も兼ねています。ヘルシーランド別子と名付けられた温泉もあります。場内にはミニ鉄道も走っていて本館から体験型遊学パークまで5分ほどの鉱山鉄道らしい感じを味わえます。鉱山観光にはこの鉄道料金込みで大人1,200円ですがJAFを提示し団体料金の960円となります。JAFの年間費用4,000円を回収するのに必死です(笑)。

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遊学パークは採鉱を実物大の人形を使って再現していたり鉱山を巨大ジオラマで見せてくれたり、体験ゾーンでは岩をドリルで崩したり地下水を汲み出したり、子供達にとってはとても楽しいところとなっています。ただ歴史遺産に浸りたい大人にとっては一寸違うかもしれません。パンフレットにあるように正に『観光ランド』であります。

ここからさらに山の中へ車で2、30分走ったところに本日最大の目的地であるマイントピア別子・東平(とうなる)ゾーンがあります。DSCを気持ちよく走らせます。途中ループ橋があったり気分は盛り上がっていきます。ところが30分走っても40分走ってもそれらしき場所が見当たりません。どうやら行き過ぎてしまったようです。途中、引き返すライダーが2組ほど居たことに気付きました。彼らも行き過ぎ組みだったようです。

その道はTMで『急斜面を豪快に駆け抜ける山岳ワインディング』と記される通り、素晴らしい景色が広がっていました。まあ、これが見ることが出来たのでOKとします。やっと47号から東平ゾーンへ入って行く道が分かりました。行き先を示す大きな看板はなく、盾看板があるだけです。これでは多くの人が間違えるのは仕方ないと感じました

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そこからは道が狭く車はすれ違いが出来ない程です。どうやら相互走行の通行規制をしているようでしたが僕と前を走る車は新居浜方面の逆からアクセスしたのでそのルールが分かっていませんでした。車同士が双方睨み合う中、バイクの僕はその間をすり抜け先に行かせて貰いました。

標高750m程の山中には1916(大正5)年から1930(昭和5)年まで別子銅山の採鉱本部が置かれ、最盛期には3,800人余り(別資料では1万人超)の鉱山関係者とその家族が生活していました。学校の他に病院や劇場なども設けられていました。その後、1968(昭和43)年に東平抗休止によって無人となりました。1994(平成6)年にその歴史的価値が再認識され整備され直して現在に至っています。

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『東洋のマチュピチュ』と称するには一寸マチュピチュに対し申し訳ないような気がしないでもないのですが、この山の中に沢山の人たちの生活があったことを想像すると不思議な気持ちとなります。最初、駐車場にDSCを置いたときは『どこに目的の産業遺産群があるの?』という感じでした。その真っ只中にいて人に聞くのも恥ずかしいので辺りを探訪します。どうやら駐車場はその遺産群の中腹に位置し、下には貯鉱庫、選鉱場、索道停車場などの遺構が、上には学校や社宅、採鉱本部や保安本部があったようです。

当時のインクラインが現在は長大階段となっていて下から遺構群を眺められるようになっています。見上げるように遺構群を目の前にすると往時の人々の声が聞こえてきそうです。素敵です。遺構の向こうには四国の山々が連なって広がっています。

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予定ではもう1泊するつもりでしたがこの素敵な想いをそのままに帰路に着くことにしました。47号から6号経由で大豊ICへと抜けるルートも迷子になったことで諦め、来た道を戻ります。新居浜IC近くにあるうどん屋さんで讃岐うどんを食べたら、帰省ラッシュに巻き込まれない様、祈りながら高速に乗ります。

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案の定、高松自動車道で混雑がスタートし、淡路島内では洲本から30kmの大渋滞です。バイクならではのチチンプイでなんとかクリアしていきますが、神経戦となり疲れます。PAで休憩中のライダーさんとお話しますが松山のご友人とあっての帰りでこれから岡崎(名古屋)まで帰るとのことです。この大渋滞にお疲れ気味でしたので元気の素かりんとうを2本差し上げました。

待てば解消する渋滞でも無さそうでしたので再び渋滞の列に加わります。津名を過ぎてやっと車が動き出したと思うもそれも束の間、三木JCTから宝塚西トンネル付近まで渋滞は続きました。

家に到着が21時15分、総走行距離1,050km。今回も思い出に残る素敵な旅となりました。

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2010年5月 1日 (土)

佐田岬 

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まだ夜明けぬ早朝というより深夜遅くガレージのシャッターをご近所に迷惑にならないようにそっと開ける。昨日の内にテントと銀マット、そしてシュラフを荷台に積んだDSCをゆっくりと暗闇の世界へと誘う。ガレージから少し離れた場所までDSCを移動しエンジンを掛ける。いよいよ新しい旅の舞台の幕が開けられる。

というようにちょっぴりハードボイルド風にかっこ良くスタートする筈でしたが現実は寝坊の為すっかり日の明けた頃に出発することとなりました。ゴールデンウィーク、今年はカレンダーの並びが良く5連休の上、天気も良好です。ETC休祝日1,000円特別割引もこのGWが最後になるかもしれないとのことで従前より行きたくて仕方の無かった四国最西端の地『佐田岬』へとDSCと一緒に行って来ました。

【本日のルート】 西宮→宝塚IC→中国自動車道→神戸JCT→山陽自動車道→倉敷JCT→瀬戸中央自動車道(瀬戸大橋)→予島PA→坂出JCT→高松自動車道→川之江JCT→松江自動車道→伊予IC→378号(夕やけこやけライン)→道の駅ふたみ→255→伊方ビジターハウス(原子力発電所)→197→三崎→256→佐田岬&佐田岬灯台→197→神崎→自然の家「プリーズハウス」

天気予報では昼間は20度を超える好天です。しかし高速道路主体の往路ですので上はTシャツ、襟付きシャツ、トレーナー、ダウンモドキ(薄手)、ウィンドブレーカー、そしてライダーズジャケット(春夏秋3シーズン用)の6枚重ねです。下はタイツとジーパン、そして膝当て仕様です。これでも朝の高速は少し寒く感じました。冒頭にあるように深夜に出発していたらもっと堪えたと思います。

この日の為に通勤電車の中で地図とにらめっこ。往路の本州四国ルートは唯一また渡ったことのない瀬戸大橋をセレクトしました。中国自動車道では途中3重衝突の事故渋滞があったものの後は渋滞らしい渋滞もありませんでした。瀬戸大橋では途中の予島PAに立ち寄り橋脚美を展望台から眺めます。バイクに戻ると隣のハーレーさんから声が掛かります。お坊さんのような丸くて優しいお顔をされたお兄さんです。ナンバーは飛騨。高山へ行きたい僕は今の道路状況を教えて貰います。まだ山の方には雪が残っているとの由。恐るべし飛騨。

松山自動車道を伊予ICで降りると右手に瀬戸内海を見ながらの極楽ツーリングです。う~ん、バイクで来て大正解です。それにしてもハーレーが多い。

ふたみの道の駅ではハーレー兄さんがやはり荷台にテントを積んで四国3日目とのこと。静岡から来られたそう。天気が良いとのことで薄着で来たのは全く失敗だったと言われていました。タイツひとつもライダーは荷物を減らしたいと考えること、よ~く分かります。でもこれがまた運命の分かれ道なんであることもライダーは経験から分かっているのですが、大概その学習効果はありません。快適を求めるなら車でくればいい、と強がるのはライダーの意地でもあるのです。

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佐田岬半島は四国のしっぽのように50km程延びていてその先っちょに佐田岬と佐田岬灯台があります。そこからは九州の大分県を間近に見ることができます。半島の尾根には風力発電用の風車が沢山並んでいます。

ツーリングマップルには『さいはて気分満点』とあります。その通りの風景が広がります。今宵は佐田岬の駐車場にて野宿する予定でしたがちょっと想像していた場所の様子と違います。ここは別に適地を探す必要があるようです。

駐車場は車で一杯です。バイクですので空きスペースに止めさせて貰います。灯台へは細い路地のような道を進んでいきます。入り口ではお婆さんが海産物を売っています。最初は平坦だった道も間もなく上り下りの勾配が付いてきて僕に上着を脱がせるようになります。途中、夏だけ開園するキャンプ場があります。20分ほどで灯台に到着です。最後の上りである灯台の階段を上がっていくと『四国最西端』の看板が出迎えてくれます。そしてその先には九州が見えます。憧れの景色とのご対面です。しばらくボーっとしていたくて最西端の看板近くに座っていると皆さんからシャッターを押してくれコールが掛かります。最西端に来た喜びに浸る間もなく、カメラマンとなります。このツーの僕の相棒はD90でなくFX01(ルミックス)です。

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ここ佐田岬に来たら是非したかったことに夕陽の写真を撮ることがありました。その為にコンデジ用の軽便な三脚も持参しています。でも太陽はまだまだ空高くにあります。あと3、4時間を待つことにするか少し悩みました。展望台から見る灯台、そして広がる海、そんな景色に夕陽がコラボする光景を想像すると震えが来そうです。でも今宵の宿探しをしなければなりません。暗くなってからの宿探しは野宿者にとってとても辛いことを知っています。ここは夕陽コラボを断念し、宿探しを優先することにしました。

最初、風車の足元のスペースにテントを張ろうと考えましたが、どこも帯に短し襷に長しとピタッとイメージにあう場所が見当たりません。そうこうする内に日がだんだんと沈んでいきます。悪循環パターンに陥りそうです。ツーリングマップルにあった「キャンプ可」の文字のあった宿へとDSCを向かわせます。その間も野宿の適地があればと状況把握に余念ありません。一旦、夕陽が見える場所で泊まろうとバイクを降りましたがカーブの膨らみが寝ているテントを車が轢いていくイメージに重なり断念。再びキャンプ可宿を目指します。消防団の前で作業をされている方たちに宿の場所をお聞きするとなんとそのうちのおひと方が宿のオーナーさんでした。

早速、条件を確認するとテントは500円、宿は2,000円との由。速効、500円でお願いします。バイクの人は殆ど500円派とのことでした。お風呂も入ってのお値段です。宿には奥様がいらして草刈を終えたばかりの様でした。ご主人から聞いて来た事を伝えると広場の好きな処にどうぞとのこと。真ん中にポツンとテントを張るのもなんなので落ち着きやすい端っこに場所決定です。日の沈みきらぬ明るいうちにテントを張ることが出来、一安心です。歩いて5分ほどの港に行きますが夕陽は山の向こうに隠れてみえません。テントに戻りますがやることがありません。今日の夕食は、三崎で立ち寄ったお店で買った菓子パンです。ご主人はミカンを3つ差し入れしてくれました。サンキュ~。

テントの天井中央部分には電池のランタンがぶら下がっています。ラジオ(AM専用、たぶん980円位で買ったもの)からは歌声が聴こえてきます。ダイエーで100円で買ったカリントウを2、3本かじります。眠りに入るためだけの贅沢な時間を過ごします。途中、少し寒くてウインドブレーカーを着込みました。ライダーズジャケットを半分に折って着替えのシャツとパンツと靴下を丸めて重ねて枕にします。

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忘れていました。岬から今宵の宿を探しに三崎まで戻る途中の山道でバイクを路肩に止めている20代後半のカップルに遭遇しました。なんかあったのだろうか?とDSCを止めて尋ねると急にエンジンが止まってしまったとの由。しばらく様子を見てからエンジンをかけてみようと思っていると話されます。でもライトはつけっ放しです。最初にライトを切って貰い、JAFに入っているかお聞きすると入っていないと言われます。それでは保険にロードサービスは付いているかとお聞きすると分からない、と保険証カードを見せてくれます。でもそれでは分からないので保険会社に電話して確認するよう伝えます。電話でサービスがついていることが確認できたようで一安心です。一応JAFの番号をお伝えしてお別れです。男性からその時『良い旅を』と言われ、なんか申し訳ない気持ちになりました。無事にその後再スタートが出来たか心配です。

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