« 大和郡山 ー 1日目 ー  | トップページ | 慈光院  »

2016年2月 7日 (日)

大和郡山 ー 2日目 ー 

Dscf0405

【2日目】 スーパーホテル大和郡山→売太(メタ)神社→稗田環濠集落→郡山金魚卸センター→郡山八幡神社→箱本十三町観光案内所→火の見櫓→箱本館紺屋→郡山城跡→9号線→189→矢田寺→横山口→松尾口→松尾寺→慈光院→25→法隆寺前→25→亀田大橋→道の駅「大和路へぐり」→第二阪奈壱分IC→3号→芦屋IC→西宮

金魚とお城の町、大和郡山。チェックアウトの時間までゆっくりとした後、宿からバイクならすぐに行くことが出来る環濠集落に向かいます。袋小路に迷い込み、散歩していた方にヒントを貰って売太神社のこんもりと繁る叢林を目印にします。大規模な環濠でここまで完璧な姿を残している場所は少ないそうです。

10時過ぎでも金魚卸センターはまだ門も開いていませんでした(冬期は休館のようです。帰ってきてからHPで知りました。行き当たりばったりのぶらり旅です。これもまた楽し)。メインストリートにある観光案内所に立ち寄るとご近所のおいちゃんおばちゃん?のような3人の方達から郡山の素敵をたくさん教えて貰います。バイクをちょっと置かせて貰って近隣散策と洒落込みます。

城の石垣の中にある『逆さ地蔵』さん。石垣は工事中で残念ながら見ることが出来ませんでした。1585(天正13)年に豊臣秀吉の弟である秀長が入城した際に近隣から石という石を集め捲った結果です。

箱本十三町という城下町運営の母体となった制度は明治まで続いていました。その時の町名が今も残っています。魚塩町(現魚町、塩町)、本町(ほんまち、郡山のもとまち)、茶町、雑穀町、奈良町(奈良から移住した人が住む)、藺町(いのまち、畳表など)、堺町、綿町、今井町(今井町から移り住んだ人が住む)、豆腐町、紺屋町(染物屋)、材木町、柳(古くより住んでいた人が集まって高野街道沿いに沿った町並み。今は商店街となっている)

アジサイ寺として有名な矢田寺へ向かいます。細い坂道の上に入り口である山門が出迎えてくれます。この時期は人っ子一人いません。僕も山門で一枚写真を撮っただけで次の目的地である松尾寺へと向かいました。

日本最古の厄除霊場『松尾寺』では3ヶ所ある駐車場はどれも満杯でたくさんの方達が来られていました。6日が「はつうま」という厄除観音が出現した記念大祭があったようです。御祈祷を受けられた人たちはご本堂を出ると老若男女問わず山道を上っていきます。その先には松尾山神社がありました。そこからは郡山の街を一望できます。

Dscn0095 Dscn0102Dscn0106 Dscf0388Dscf0389 Dscf0390Dscf0408 Dscf0409Dscn0125 Dscn0134Dscn0137 Dscn0143Dscf0416 Dscf0422Dscf0429 Dscf0447Dscf0470 Dscf0460Dscn0148 Dscn0149

|

« 大和郡山 ー 1日目 ー  | トップページ | 慈光院  »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/182480/63177896

この記事へのトラックバック一覧です: 大和郡山 ー 2日目 ー :

« 大和郡山 ー 1日目 ー  | トップページ | 慈光院  »